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「英語」への投資は本当に必要?

私の十数年に及ぶ「英語」との葛藤から、今後の「英語」の展望に対する疑問まで、まとめてみました。英語周りの方と一度膝を交えて話してみたいな、と思っていますが、、皆さんはどう思われますか???

英語との格闘


私は30歳を超えてもなお、まだ英語の勉強を続けています。こう書くと、なんかもう、目も当てられない?笑
英語熱が再発したのは、娘が生まれてから。こんだけ私は苦労したんだから、娘には、、、と先行投資だーと英語の教材(ディズニーやら)を流したり、近所のKindergarten に縁あって通うことになるうちに、少しずつ私の英語能力が上がっていく。。学生時代は受験英語まみれになっていたし、子どもの頃10数年通った英会話はゲームがメインだったし、留学先では根性で乗り切ったので、英語の「基本」に触れたのは実は初めてだった。私がすっぽり抜けていると感じたこの「基本」というのは「幼児や小学生が聞いたり話したりする英語」に触れること、です。

量が足りていなかった


今思うと、私には英語の量が足りていなかった。外国語大学にまで入学しているので、多分、普通の人並みには勉強してきていたのだけど、人それぞれに必要な「量」つまり、持っている器の大きさがそれぞれ違うので、私には毎日一定の量、聞いたり話したりする量が必要だったんだな、と今になって思います。
そして、オンライン英会話を始めて、その後、英語でMBAを修了できるまで、英語を使うことができるようになりました。それでもまだまだで、大学院卒業後も細々と勉強を続けています。これは筋トレに近くて、使わないと筋力が落ちるように、英語力も落ちていくということを痛感しています。

これから「英語」は本当に必要?


そんな英語への時間、労力、お金の投資を続けながら、最近はこれから「英語ができること」はどのくらい需要があるのだろうかと考えています。子どもたちをインターに通わすなど、相当に投資している一方で、必要になってから学ぶのでも遅くはない、と大人になっても学んでいる自分を前に思うわけです。
実際に英語を使う場面においては、Google翻訳はじめ、英語ができなくても何とかなる世界が実現してきているのを目の当たりにして、通訳などの専門家以外で、学校で学ぶ以上の英語が必要になるのか、と思い始めています。
学校で学ぶ程度の英語が読み書きできれば、あとはAIの手を借りれば、まあまあ事足りるのではないでしょうか?これから日本の市場は縮小していくから、海外とのやりとりは必須だとは思いますが、それにしても、学校で習う以上の投資が必要なのか。。(投資している身として)ぜひ、皆さんと一度話してみたいです。

「英語」ができるようになる、とは?


先日、たまたま公園で同じKindergartenに少しだけ通わせていたママに会いました。そこで英語をできるようにしたいのだけど、どうしたらいいかと相談を受けました。私がいつも感じるのは「英語ができるようになる」基準が、人によって違うことです。ネイティブのように使いこなせることを目指しているのか、学校で困らない程度にできることを目指しているのか。
私は英語は手段であり、言語であり、コミュニケーションと思っているので、Kindergartenが楽しかったらそれで良いと思っています。一方で公園で会ったママはじめ、熱心な?ママたちは、園への要望が高く(多く?)あれもして欲しい、これもして欲しい、このくらいできるようになって欲しいと騒いでいます。そして園と方針が合わなくて、別の英会話へ行くらしいのですが、私は英会話には限界があると思っています。もちろん、量の問題も然りですが、日本語でもそうですが「会話」では語彙の限界があります。日常を想像してもらえればと思いますが、会話で使う言葉は限りがあります。だから、同じ会話の繰り返しになるし、まあそのフレーズに限っては、流暢に話しているようには見えると思いますが。
語彙を増やそうと思うと、私は読書しかないと思っています。だから私はKUMONの英語がいいと思っているのと、園でのリーディングの方針はとても良いと思っています。同じように経営者の立場にいた経験から、園への要望をやんや言っている人を見ると、人ごとではなく胃が痛くなりそうでした、笑。
英語ができる、とは、日本人にとって奥の深い悩みだと思っています。

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