枯葉散策

先程大きな木が並ぶ並木通りを通り、枯葉が舞い散る美しさに心を奪われ立ち止まりました。桜の花弁が舞い散る美しさと変わらない。

そしてその美しさを構成する要素は午後の眩しい光、枯葉を舞い散らせる風、葉を枯れさせて木から離脱させる木の生態による変化。それらが合わさり、きらきらと舞い散る美しさが成り立っているのだとあらためて感じました。
その中でも光。光と風の動きにより本当に美しく感じられます。

そして枯葉が舞い散る中を自転車や徒歩で歩く老齢の人達を枯葉と風と光はきらめく美で彩っていました。一つの美しい瞬間、風景になっていました。
枯葉と光と風は偉大だなと思いました。
音も良いです。枯葉が舞い散り地面を転がるカラカラカサカサした音。

そんな枯葉にうっとりしながら進んで通りかかった公園では小学三、四年生の男児が女児を他の仲間がいる最中で高圧的に怒鳴りながら言いくるめて本当に泣かせている場面を見て憂いました。

閑話休題

そのあとの帰路で、ある施設の塀のようなものに桜の木の影と光とフェンスの網の影が美しい様子をしていました。それを見て心ときめき立ち止まりました。

私にはこのように美しいと感動して心動かされるものに出会い、見つけて、めいいっぱい感じる事が人生の中で欠かせない高い優先順位の行為なのだとつくづく感じます。そうやって感じる事が
生きているという事を感じるのと同等の意味がある行為。生きる上で欠かす事ができないことと思いました。

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