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アウトサイド ヒーローズ:スピンオフ;16

ナゴヤ:バッドカンパニー

 女首領はマントを巻き付けた右腕でシグナルレッドの打撃を受け止めると、追撃しようと迫るイエローに向けて弾き飛ばす。

「くっ……まだだっ! イエロー!」

 吹っ飛びながらレッドが叫ぶと、追いついていたイエローは電磁警棒を納めて身構えていた。

「了解、いくよ! よい……しょっ!」

 レッドの両足を背中側から受け止めたイエローが、思い切り押し返す。イエローを踏み台代わりにして、加速をつけたレッドが“みかぼし”に飛び掛かった。

「やあああ!」

 “みかぼし”は弾丸のような突撃を受け止めたが、勢いを殺しきることはできなかった。

「むう……! ふん!」

 真正面から向かってきたレッドを、弾くように受け流す。レッドが離れるとすぐさま、武器を持ち換えていたブルーの減圧レーザーガンが光を放った。

「くっ!」

 銃口を目にした瞬間、“みかぼし”は駆けだして光から身をかわす。レーザーは“みかぼし”とすれ違うように飛んでいき、スクランブルを組んでいた警ら隊員の盾に当たって消えた。

「こんな密集地帯でレーザービームを使うだなんて、味方がどうなってもいいのかしら?」

「我々の盾は、レーザー吸収加工が施されています。全て、計算通りですよ」

 発砲した後、ブルーは冷静に返しながら武器を持ち換えていた。無防備な相手をめがけて、女首領が襲い掛かる。立ちふさがったのは、電磁警棒を大上段に構えたイエローだった。

「まだ……まだ、ですっ! やあああ!」

 掛け声とともに、警棒を猛然と振り下ろす。その気迫に“みかぼし”はたたらを踏み、急ブレーキをかけて飛びのいた。

「おっと!」

 叩きつけられた電磁警棒が床をえぐる。イエローのスーツは体力のあるヤエに合わせて、レッドやブルーよりも負荷が強い一方、出力も大幅に向上したパワーアシストがかけられていた。重い一撃は、路面舗装材を粉々にして吹き飛ばした。

「なかなかのパワーね。それに、随分息が合っているじゃない……!」

 間合いを取り直した“みかぼし”が感心して声を上げた。

「えへへ、やったね!」

「イエロー、喜んでないで、次よ」

 電磁警棒を構えたブルーが、喜ぶイエローをたしなめた。吹き飛ばされた後で駆け戻ってきたレッドも合流し、再び三人で切り込む体勢を取る。

「そうだよ、これからなんだから……“みかぼし”、今度こそあなたを倒す!」

 “トライシグナル”は再び、波のように打ちかかる。切り込んだレッドが打払われるとすぐさまイエローが突っ込み、避けた“みかぼし”に追撃しようと、ブルーが打ちかかる。

「あはは! いいわ、そう、その調子……!」

 連撃に見舞われた女首領はしなやかに身をかわしながら、楽しそうに笑っていた。

「『くそ……報告は聞いていたが、三人がかりでも歯が立たんのか!』

 現地から届けられる映像を見ながら、室長が叫んだ。

「『新兵器はまだか、いつ届くんだ……ん、何だ? ……え、うん……』」

 悔しそうにこぼしていた室長は、マイクの外の相手から話しかけられたようだった。話し込むにつれて明るくなっていく声は、インカムから“トライシグナル”たちの耳にも入っていた。……今や、すっかり聞き流されていたのだが。

「『……やった! 聞いてくれ、トライシグナル! 新兵器を載せたトラックが、もう少しで到着するぞ!』」


「ひい……ひい……!」

 保安官見習いは立ちこぎの自転車で、全速力で路地を走っていた。幾つも区画を駆け抜け、上層へと向かう坂道をのぼる。暗い連絡通路を出ると、蛍光色の光が目に飛び込んできた。

 ナゴヤ・セントラル・サイトの中心地のひとつ、大商業区画ヒサヤ・ブロードウェイ。旧文明期には青空の下で人々が行き交っていた大通りは、文明崩壊戦争によって焼き払われて放棄された。

 人びとは廃墟となった遺跡の地下に、同じ名前を冠した遊歩道区画を作り上げた。煌々としたネオンサインと蛍光色に輝く立体映像看板が照らし出される、地下空間に再生されたナゴヤの“目抜き通り”だ。

「ごめんなさい! すみません! 急ぎの用事で……すみません、通してください!」

 人々は嫌そうな顔で振り返るが、保安官事務所の青い制服を見るとそそくさと道を譲った。キョウは平謝りになりながらも、買い物客の波を切り裂いて自転車で駆ける。


――大通りを抜けたら、もうすぐ、もうすぐだ……!


 悪趣味とさえいえるほどの蛍光色の光の洪水の中、ぽっかりと切り取られた黒い四角。旧時代に使われていた地表部への連絡ハッチが、地下街の灯りが当たらぬ陰となり、町の片隅に取り残されていた。

 保安官見習いは金属製の大扉に自転車を乗り付けると、取り付けられた電磁ロックを操作した。旧文明期には市民が日常的に使っていた連絡通路だったために、セキュリティは簡便なものだった。

 保安官事務所のIDカードをかざすと、電子音が鳴って扉が左右に開く。さらに黒く、先の見えないトンネルがぽっかりと開いていた。

 道行く人々は足を止め、恐る恐る連絡通路の中を覗き込んでは、足早に去って行く。

 扉を開け、ましてやトンネルに立ち入る者は滅多にいない。地表をうろつく危険な野生動物や、破壊された遺跡に残されたセキュリティシステム、未だに実態がよくわからない遺伝子汚染物質などの危険に晒されても、自ら外に出た以上、全てが自己責任だからだ。

 キョウは自転車のヘッドライトを開いたハッチの先に向けた。足元の路面や入り口付近の壁面が照らされて浮かび上がる。連絡通路は上り坂になっていて、トンネルの先はうかがい知れなかった。

 再び、連続した電子音が鳴り始める。ハッチは開放された後、しばらくすると自動で閉ざされるようになっているのだった。

「……行くぞ!」

 青年は固唾をのみ、深呼吸すると自転車に飛び乗ってトンネルに突っ込んだ。


「『とまりなさい!』」

 アキヤマ保安官はバイクを走らせながら、目の前を走るトラックの背中に拡声器で叫びかけ続けていた。

「『そこのトラック、待ちなさい!』」

 周囲にネオンサインや広告表示が飛び交って光の河と化した道を、トラックが猛スピードで突っ走る。周囲を走っていた自動車は激しくクラクションを鳴らしながら、左右によけて道を開いた。トラックが走り抜けた後の道を、回転灯をつけたバイクが追いかける。車体が激しく揺れるが、トラックとの距離を詰めることはできなかった。

 二台は重層的に入り組み、上下に立体交差する地下回廊のループを走り回りながら、少しずつナゴヤ・セントラル・サイトの北に向かっていた。トラックが上層へと向かう坂道を走りきると、光の中に飛び出した。バイクも続けてトンネルを抜ける。アキヤマ保安官の両目に、陽の光が射した。

「くっ……!」

 目をくらませながら、ヘルメットのバイザーを下ろす。青い秋空の下、まっ平な大地に、幅の広いハイウェイが束になって広がっている。地表の所々には、かつての戦争で焼かれ、爆破された大穴があいていた。

 人の姿はなく、行き交う車輛もほとんどいないアスファルトの砂漠……それが、“地下重層都市”ナゴヤ・セントラル・サイトの地上部分だった。
 トラックはスピードを落とさず、地表のハイウェイを走り始めている。

「『そこのトラック、とまりなさい!』」

 まっすぐ伸びた道を突っ走って行くトラックを、保安官は全速力で追いかけた。しかし幅の広い障害物のない道で、トラックは更に加速をつけていく。じりじりと二台の距離が開いていった。

「『待て! とまれ!』」

 トラックが向かう先に、ぽっかりと大きな穴が開いている。旧文明期の目抜き通り“ヒサヤ・ブロードウェイ”を大型爆弾が焼き尽くし、地下まで陥没させた跡だった。

 トラックはハイウェイを飛び出すと転げ落ちるように瓦礫の坂をくだり、陥没した孔の底に向かっていく。バイクもよろめきながら、後を追いかけた。


「それでは、今度はわたくしの手番ね」

 “トライシグナル”の連携攻撃をかわしていた“みかぼし”が一転して攻勢に出る。更に鋭さを増した拳が飛び、レッドは大きく飛びのいて身をかわした。

 ブルーがとっさに構えた電磁警棒で身を守ると、女首領の拳は警棒を半分に折り、破片を周囲に散らす。

「この……!」

「ブルー、危ない!」

 イエローが減圧レーザーガンを向けるが、狙いを定める前にレッドは視界から消えていた。

「えっ、どこ……?」

「イエロー!」

 慌てて周囲を見回すイエローに、レッドが駆け寄る。振り抜いた電磁警棒が、イエローの死角から伸びてきた女首領の手とかち合った。互いに後ずさって距離を取る。

「わわわ!」

 イエローは慌てて逃げ出し、体勢を立て直していたブルーと一緒に再び銃を構えた。3人娘と“みかぼし”は、再びにらみ合う。

「うふふふふ! 楽しいわね、“トライシグナル”!」

 笑う女首領に対して、“トライシグナル”はそれぞれの武器を構えた。

「『くそ……! 頑張ってくれ、トライシグナル!』」

 インカム越しに室長が応援していると、ヒサヤ遺跡広場にけたたましいクラクションが鳴り響いた。地表からうなりを上げ、瓦礫や小石をはね飛ばしながら、白いトラックが駆け下りてきたのだった。


「ごめんなさい、大変お待たせしましたあああ!」

 運転席から顔を出し、ドライバーが叫んでいる。その声は“みかぼし”と闘っている警ら戦隊たちの耳には入らなかったが、車内無線の通話回線には届いていた。新しい回線が開いたことを知らせる電子音が、スピーカーからピロリ、と鳴った。

「『私は本件の責任者だ。ドライバー君、ありがとう!』」

「あ、はい!」

 突然室長から話しかけられ、運転手は目を丸くした。顔を引っ込め、ハンドルをしっかり握ると無線機のマイクに大声で返す。

「すみません! もう着くんですけど、荷物は誰にお渡しすれば?」

 トラックは激しく震えながら、瓦礫に覆われた急斜面を下りきる。ひびが入り、所々が風化した遺跡の床面にたどり着くと、床材を削り飛ばしながらドリフトしてトラックは停まった。

「『赤、緑、黄色の三人だ、誰でもいい!』」

「ええっ、あそこに!」

 室長が指定してきた三人は相変わらず、悪の組織の女首領と激しく打ちあっていた。

「『そこのトラックのドライバー! スピード違反並びに危険運転、公務執行妨害の現行犯で逮捕します!』」

 拡声器で叫びながら、保安官のバイクがよたよたと坂道を降りてくる。ドライバーは青ざめた。

「やっべえ……」

「『いいから、早く荷物を!』」

 室長は吠えるように急かす。

「『荷物を三人に渡すんだ! ケースごと投げていいから、早く!』」

「ひい……わかりました!」

 シートベルトを外すと、ドライバーは弾けるように車の外に飛び出した。急いでトラックのコンテナに回り込み、搬入口の扉を開けると、銀色に輝くジュラルミンケースを取り出した。

「これを……!」

 トラックに気が付いて、シグナルブルーが闘いの渦の中から飛び出した。走ってくるブルーを見つけて、ドライバーは声を張り上げる。

「お待たせしました、お届け物です!」

 その時、坂を下ってきたバイクがトラックの後ろで停まった。ヘルメットをかぶった保安官がバイクから飛び降り、よろめきながら駆けてくる。

「君、保安官事務所まで、同行を……!」

「くそっ!」

 トラックの運転手は保安官をちらりと見た後、手に持っていたケースを大きく振りかぶる。

「ハンコは結構ですからあああああ!」

 声が枯れるほどに叫びながら、ジュラルミンケースをブルーに向けて放り投げた。

(続)


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