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⑫ 感情の残像

かなしみのはてに
なにがあるかなんて
おれはしらない
みたこともない
ただ あなたのかおが 
うかんできえるだろう

いつものおれを 
わらっちまうんだろう

この時期
私を支えたのはエレカシの唄だった

そうだよ
かなしみのはてなんて、知らないよ
見たこともない
けど、その先には素晴らしい日々を、と唄うこの唄に救われていた

何度も
何度も聞いた

エレカシがいてくれて、本当に良かった。

9月
もう、オイル交換の距離数はとっくに過ぎていた。
でも、怖くて行けなかった。
行かなくちゃ、とは思っていた。彼は、さんざんオイル交換の大切さを教えてくれたし、それにきちんと応える自分でいたかった。
せっかく、あの一ヶ月で築けた人間関係をダメにせずに、人として、信頼されたかった。

でも怖かった。
電話をして、声を聞いたら、私は私を保てるだろうか。
また泣いて、沈んで浮き上がれないんじゃないだろうか。そもそも浮き上がったのか。

そんなこんなで、また一ヶ月をやり過ごしてしまった。

10月になった。
メッセージしてみた。
普通に、『お待ちしてます!!』と返信が来た。ダブルのエクスクラメーションマークが、そんなことだけど何だか嬉しかった。

その日は、穏やかに過ぎた。
結婚、おめでとうございますて、心のこもらない言葉を伝えてしまった。

それでも、穏やかに過ぎた。
驚くほど、私は冷静だった。
ただただ彼と2人だけで話せたことが嬉しかった。

もう、ないんだろうな、て思った。
もう可能性は無い。
何をしてもない。
もうわかった。
ただただ、作業する彼を見つめていた。

これが、悲しみの果ての風景だった。
自分の無力さに打ちのめされていた。
抗いようのない、運命の流れの中にいるんだと感じた。

暑かった夏は過ぎて、よく晴れた、冷たい風が吹く日だった。
私は薄手の紺色のセーターを着ていた。
手の届く距離に、決して手に入れられない彼がいる。
私は深く息を吸えずに、ただ笑顔でいた。
けど、彼がここに存在して、私と話をしてくれることが、奇跡のようだと感じていた。

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