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狐と烏と妖怪譚

「師匠〜なんかないですかー? アイデア」
「知らねぇよ。んなもん自分で考えろ」
 悠明(ゆうあ)が「一切自分のことについて話さない」と妖怪たちの間で有名な通称師匠のことを、キッ、と睨む。
「あー…悪りぃ。なんで困ってんだっけ?」
「そこから話さなきゃ駄目ですか?」
「おう」
 ニッ、と白い歯を出して笑う師匠の顔面に蹴りを入れた悠明は石に座り込む。
「なんで聞いてなかったんだこのオッサン…」
 師匠は灰色の袴から黒い獣の尾をゆらりと出すと、悪い悪い、と頭を掻く。
「ここの近くのお屋敷があるじゃないですか。そこの家守りさんからそこん家のお孫さんのお守りをして欲しいと言われたんです」
「おう」
「でも私人間じゃないですか。師匠は人間と妖怪のハーフじゃないですか」
「おう。ハーフ言うな人間」
「お前も人間の血入ってんだよ」
 悠明は師匠の頭を叩く。続けて石を投げてきたのは烏天狗だった。
「よぉ悠明に坊ちゃん」
「坊ちゃん言うな烏!」
「烏ですが何か?」
「久しぶり苳」
「おうよ」
 烏天狗、苳は木の上から降りてくる。
と、師匠の頭を殴り、悠明の頭を撫でた。
「なんだよこの扱いの差。酷くね?」
「誰が酷いだって?」
 苳は師匠に蹴りを入れる。
「俺蹴られんの今日二回目なんだけど」
「明るくなってきちゃったんですけど」
 東の空がだんだんと赤くなってきていた。
 悠明は目を閉じ、木に手をかけた。
「今日は夜から曇るらしいですよ。そろそろ兄貴が起きてくるんではやくアイデアplease」
「なんでプリーズだけ発音いいの?」
「知らねっ」
 投げやりに悠明は苳に答える。もう帰りますよー、と立ち上がった悠明を堰き止めるように師匠が口を開いた。
「苳が行けばいいんじゃね?」
「は? 僕が何やるの?」
 今二人が困っていることを知らない苳はキョトンと首を傾げる。
「それ女子がやるとかわいいんだが」
「いや、僕は一応女」
「いや、苳は女というか雌?」
「雌やめれ」
 苳は軽く悠明の頭を叩く。
「うはっ」
「うわーこの人叩かれて喜んでる」
「それはないなオッサン」
 悠明が師匠の腹を思い切り殴る。
それに便乗するように苳も師匠の腹を殴る。ぐえっ…、と師匠は地面に座り込む。
「俺さ…オッサンオッサン言われてるけど一応まだ二十代だからな…?」
「知らんがな。んなこと」
 悠明と苳は息ぴったり同時に言った。
「あぁそうそう。苳にやってもらいたいのが、ここの近くのお屋敷の家守りさん家あるでしょ? そこのお孫さんのお守り」
「えー…うんいいよ」
 曖昧な返事をして、苳は羽を広げた。
「え、頼んでいい?」
「いいよ。どうせみんな嫌って言うだろうし」
「結構大変みたいだけど…」
「大丈夫じゃないかな。体力だけは僕あるから」
「体力だけはあるんだよな、お前」
「うっせーオッサン」
 ヘッ、と師匠が勝ち誇ったように言う。が、それは悠明のオッサンにより一瞬で無くなった。
「お、俺のメンタル…」
「知らね。じゃあ解散ということで!」
「お疲れさーん」
 お前なんもしてない、と苳に頭を叩かれながら師匠は茂みの中をかけていき、悠明は石段を一段飛ばしで降りていった。
「僕のこと見える人だといいなぁ…」
そう呟くと苳はほぼ明るくなった空へと消えていった。

#第1回noteSSF

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