根腐の腐風 風力4

旨垣徹(うまがきとおる)は祖母のシヅと二人で暮らしている。
徹には両親の記憶が無い。
シヅは徹の両親について話す事はしないし、彼もまた、シヅに両親の事を尋ねる事はしなかった。
朧げな記憶の毛糸を手繰り寄せ、脳内ハイツのロフト部分に浮かび上がる故像は、赤子の頃おしゃぶり代わりに咥えさせられた、モックモーターやノズロシャーだった。
徹には幾つかの確信があった。
「俺の両親は風発の人間だ」
彼は記憶の断片と現在の自分の風発知識を組み合わせ、そう判断したのだ。また[一縷の望み]等といったそれではなく、これについても確有と定めた。
「アイツらはまだ生きている」
徹はシヅに両親の事を尋ねる事はしなかったが、シヅの一挙手一投足を見逃す事もしなかった。
「あっちは今頃寒いから心配」
「風車の裏側は影になるから写真は」
「私は腰が悪いけど足は良くてまだ多分走れる」
そんな会話のピースをジグソーに置き換えて組み合わせ「アイツら」の生存を確黙していたのだ。
徹は両親を憎んでいた。
自分を捨てて、風発と言う名の蛇の道を選んだ父と母を。
とりわけ、自らの母親であるシヅをも捨てた父を、心の底から激蔑していたのだ。
アイツが風発に溺れなければ、シヅは生活の為に還暦を過ぎてまで、巣鴨の朝キャバ「ハッカ参り」でバイトせずに済んだのだ。
「俺が風発を滅茶苦茶にしてやる」
そう誓った徹は、風発学の名門として名高い、山田高校特殊風量頂戴科に入学した。
「アイツら」への復讐の第一歩だ。
「アイツら」が人生を賭して、肉親を捨ててまで愚没した、風発とやらを根本から否定する為の。
徹はシヅの作った茶色い、茶色過ぎてもはや赤い煮物を食べながら、これから自分が起こす革命の旗を思い浮かべた。
旗は風で大きく棚引いている。
「また風かよ」
徹は風発を憎む余り、脳表に吹く風にすら嫌悪感を抱く様になっていた。
徹は即座に我に帰った。
彼は食事中もシヅの駄喋を聞き逃さないのだ。
「煮物は煮れば煮る程良いという物ではなく絵描きさんの絵に似てるから」
「朝キャバのお客さんから限界まで照明を落とせとクレームが」
「オランダの風発で日本人夫婦が受賞したが多分アレ徹の両親」
え?
徹は耳を疑った。
と同時に、祖母に引いた。
「今、思い切り言わなかったか?」
「今までの駆け引きは何だったんだ?」
「朝キャバで飲み過ぎたのか?」
様々な想いが脳表を愛でたが、徹は「ご馳走さま」と呟き、自室へと無音走った。
すぐさま机に向かい、パソコンに繋いだ小風車に単八電池を挿入し、活窓をメモリ6.M(マーダ)開きベセベの腹にネ2号を打ち付け、ゴズルニッフォ(中)が冷めるのを待ち、ネット検索を始めた。
震える指で「オランダ 風発 日本人」とキーボードを打ち鳴らし、マウスを割れんばかりにクリックした。
最上段に表示されたネットニュースに、彼は絶望を頂戴する。
「オランダで撮影!日本人初の風力発電所グラビア!風香クンの極小ビキニに現地職員もタジタジ!?(ドキドキ出版)」
徹の額の汗を弾く様に、小風車の細い風が吹き馴染んだ。

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