あんまり怒らないでほしい

時々知らない人に怒られる。特に電車の中で怒られがちである。
大学生の頃、ダメージ加工の施されたデニムを履いて電車に乗ってた。
シートに座り、一緒にいた友人Aと(たぶん)誰かの悪口を言ってたら「ネェチャン」と言う声が聞こえる。

田舎電車で空いてるとはいえ、ネェチャンに該当しそうな人類は複数名同じ空間にいるのでおそらく誰もが聞こえてきたネェチャンを気にも留めなかっただろう。
もちろんわたしもだ。

だいたい悪口は名湯の源泉のようにいくらでも湧き出てくる。
掘削に勤しんでいると「ネェチャン」「オイ ネェチャン」「ネェチャン!ネェチャン ダヨ!」と、ネェチャンが何度もお呼び出しされている。
いい加減おかしいぞと見回すと、私たちの座っていたシートのお向かいのシートにいらっしゃる顔の赤い白髪混じりの束感あるセミロングヘアの中高年男性が「そうだよ、ネェチャンだよ。」と、わたしの視線を過剰に歓迎してくれた。
もちろんこんなに嬉しくない歓迎はあまりない。

「…なんでしょうか」
「ネェチャン、ズボンがボロボロなんだよ。」
「この状態で販売されているものなので…恐らく…これはこの状態が正常な状態であると思いますが…いかがでしょうか(FO)」
「そうか。」

「いやでもボロボロすぎやしないか?」
急に戻ってくるのな。終わったと思ってたよ。

右隣で友人Aは右前方の空を見つめ、ひたすらに沈黙を貫いている。後にも先にも、この他人のフリの見本のようなAの態度を超える他人のフリに出会ったことはない。
その後もおっさんは大きめの独り言で「あれが流行なのか?」「ボロボロ過ぎるぞ?」と、自問自答を繰り返している。

次の停車駅に到着し、オッサンが立ち上がった。

「絡んで悪かったな!貰ってよ!」

オッサンのズボンのポケットから取り出された飴がわたしの膝に撒かれた。
電車を降りたオッサンは発車した車内に残るわたしに対して笑顔で手を振っていた。

オッサンに施された、100円均一でよく見る飴「ジュース」を見て友人Aはめちゃくちゃニヤニヤしていた。

デニムは家に帰ってからゴミ袋にぶち込んだ。


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