100%カツルくん

 朝起きるとカツルくんはホールへ行く。ホールとはパチンコ屋のことだ。ただしカツルくんが打つのはジャグラーというスロットである。パチンコはあまり打たない。金がないからだ。カツルくんは一日二千円までしか使えない。これはかなり厳格なルールであった。二千円でパチンコをしても仕方ない。カツルくんは昨夜目星をつけていた台を確保することができた。頭上のデータを確認し、よしよしと頷く。ジャグラーが千円でペカる確率は20%と言われている。カツルくんはジャグラーを打ちたい日の前日夜十時ごろ、コンビニへ行くついでにホールに寄りどの台がよく出ているのか確認する。これを怠らないだけで勝率は五割増しだ。つまり70%の確率で千円ぺカ。二千円なら140%だ。カツルくんはそう信じている。千円札が飲み込まれ、代わりにコインが四十六枚吐き出される。カツルくんはまずコインを全て入れてからしか打ち始めない。そして一回転目はとりあえず7を狙ってみる。リールは滑ったがブドウが揃う。コインが一枚吐き出される。幸先が良い。二回転目からはBARを狙う。ブドウ、リプレイが適度に揃いながら回転数が増えていく。ペカリはしなかったが千円で四十八回転した。よく回る。これなら大丈夫だろう。カツルくんは迷わずもう一枚の千円札をジャグラーに飲み込ませた。コインを全て入れる。追加二回転目でGOGOランプが「ガコッ」とペカる。朝イチのまばらな店内で数人の視線を感じた。サガのようなものだ。カツルくんはそれを少しこそばゆく思いながら一枚ベットし、真ん中、ひだりみぎとテンポよく7を揃える。ジャグラーが馬鹿になったようなBGMとともにブドウを揃え続ける。下皿にコインが溜まる。

 ビッグボーナスを終えたカツルくんは一回転だけ試してから返却のボタンを押す。ジャグラーがラリったような音をたて四十七枚のコインを吐き出す。いつもこのとき、カツルくんは悪いことをしたような気持ちになり背を丸める。そそくさとコインを集めもうひとつの候補台に移動したカツルくんは、コインを五十四枚入れ、一枚返ってくるのを確かめる。これもカツルくんの大切な儀式だった。オカルトと呼んでもいい。リールが回ると同時にGOGOランプがペカり、カツルくんは驚いてオナラを漏らしてしまった。久しぶりのオスイチペカだった。カツルくんちの近くのこのホールはガックンチェックに対策しているので設定据え置きなのかどうかはわからないが、昨日のデータを見る限り先ほどの台と同じく設定五か六のはずだ。これは期待できる。そう思ったとき、カツルくんは自分にブレーキをかけた。期待は必ず裏切られる。それはホールで得た人生訓であった。ジャグ連への未練を断ち切るのには数年かかった。早めのペカに期待して出した分回収され続ける日々を乗り越えてカツルくんは今ここにいる。

 オスイチペカはレギュラーボーナスだった。まあいい。カツルくんに動揺はない。さっさとレギュラーボーナスを終え、カツルくんはそのまま打ち始めた。何も考えない。これがペカるコツであった。別のことを考えていたり、さっさと消費してもう帰ろうとジャグラーから気持ちが離れているときにGOGOランプはペカる。そしてそれに驚いて身体が震え、鮮やかなランプの光を認識し、一瞬の空白。緩みかける口元を悟られぬよう、冷静に7を揃えるのだ。

 本当に何も考えない境地に達していたカツルくんは持ちコインが全てなくなっていることにまだ気がついていなかった。焦点の合わない目で自動的にボタンを押す。隣の台がペカった音でふと、オスイチペカからのち三〇〇回転を越えていることを知覚する。やってしまった、と思う脳をよそに右手は自動的にベットを行う。脳が身体の使用権を回復するよりもはやく右手は左リールを停止した。チェリー。真ん中チェリーなし、右。右の停止ボタンから離れようとする右手親指の腹を、息を止めて押しとどめた。そして、ゆっくりとはなす。ガコッ。ランプがペカる。単チェリー。気持ちいい。超気持ちいい!

 カツルくんは鳥肌が立ちおしっこを漏らしそうになってきゅっとまたをすぼめた。そこからのカツルくんは圧巻であった。ビッグボーナスで取り戻したメダルを秒で使い切ると素早くパチンコエリアに移動し二千円の制約をいとも容易く破り捨て一万円札を投入、ダブルリーチを前にアスカが使徒に破れ去る姿を再三睨み続け気づけば投資額は三万円、財布には残り二千円。つまりそれが次の給料日までカツルくんが使える全財産である。カツルくんはジャグラーエリアへかけ戻る。朝イチ打った台には人が座っていた。通り過ぎざま見るとジャグ連が二十を越えている。イチペカ台はと見るとこちらもジャグ連中。投げやりな気持ちで座った八百回転ハマり台にて二千円はまたたくまに溶けた。

 さて。カツルくんはホールをあとにする。いつもなら休憩室で少しずつ武装錬金を読み進めてから帰るのだが今日は即帰である。明日からどうするのか、カツルくんは特に心配していない。カツルくんには魔法のカード、その名もクレジットカードがある。このカードにはキャッシング機能もついているのだ。なんの問題もない。カツルくんの頭にあるのは後悔だけである。無駄にした金と時間でできたことを数え上げる。そしてもう二度とホールへは行かないと誓う。何度も、何度でも。

 翌日、キャッシングで得た金をエヴァにぶち込み二万発出して友人に焼肉を奢るカツルくんの姿があった。カツルくんは友人にこう言った。
「借りた金ならひゃくぱー勝てる」
 しかしカツルくんに金を貸す友人はいなかったので、これについては現時点では検証不足である。

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