循環小数の夜(タイセンE参加作)

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 苛々するイライラするいらいらする。まずは読んでから言えっつーの読む前からわしの人格否定してんじゃねーよ。わしのことなんてどうでもいいんだよ。なんで「君にはキラリと光るものを感じない」とか言っちゃうのかね。そんなダサいセリフ小説で使うわけないだろ。そんで「君の小説は自慰行為でしかない」だって。読んでもいないくせにさ。わしのこと何も知らないくせに何が「君は本当に人を愛したことがあるのか」だ。こっちは大恋愛の末に大学やめて自殺未遂してんだよ。まあね未遂だから。本気で死ぬ気があったわけでもないし。全部お見通しだって?あのねそうは言ってもそこにあった苦しみまで偽物だったとは限らないんですよーだ。わしは本気で一生あの子と生きると決めてたんだから。自分の全部をあげようと思ってたんだから。そんなことどうだっていいよ小説を読め。政治とか経済とかそんなもんを偉そうに語ってもわしは救えないんだよ。何から救われたいのか?人生から逃げてるだけじゃないのか?そうだよ悪いかよわしの人生なんだよほっとけよ。なんであんたは似非民俗学者の宗教じみた団体を崩壊させるために精を出してるんだ?彼らのねじ曲がった解釈を正してそれでどうなるんだ?彼らが幸せならそれでいいんじゃないの?事実なんてなんの救いにもならないじゃないか。赤信号でブレーキを踏みかけたがアクセルに足を戻す。田んぼに挟まれた深夜の田舎道で信号が律儀に機能しているのは何のため?こんなとこ明日の朝になって農家のおっちゃんたちが起き出すまで誰も通らねえよ。いやそんなことないか。一二台くらい車も通るかもしれない。わしも今こんな時間に通ってるわけで。てかわしって何だよ。俺はいつから自分のことをわしって呼ぶようになったんだ。あれかあれだあのアイドルの子の影響だ。ガチ恋ってやつだったんだろうな解散しちゃったけど。もう二度と会うことはないんだろうな。いやなんかのアニメの影響か?そうやって何かに影響されて自分の呼称が変わってしまうことが薄っぺらいって?あのねあなたの中に何かの影響では無いことなんて存在するのですか?俺たちはみんながみんな何かのコピーでしかなくて誰かの反響音をそれぞれの歪さで奏でているだけなんじゃないのそれの何が悪い?影響を受け続けることでぐちゃぐちゃになってそれが何かの形に見えるって言ってくれる人がどこかから現れて俺たちは自分の形を知ることができるんじゃない?お前は何者だって問われてもわしにはわからんよ。こないだ受けた地方新聞の面接の時にも訊かれたけどさ。それを探すために小説書いてるんだなんてアホくさいこと言ってみてしっかり落とされたけどさ。自分なんてもんはわからんよだってあんたもさ鏡なしに自分の顔見れないだろそんなもんどうだっていいんだよ俺は小説書くって言ってんだからあんたは読めよ。読んでもらえるように自己プロデュースすることが大事だって?そんなことはとびっきり良い小説書いてから言えよ。糞みたいな小説をどれだけ綺麗にデコってみてもそれは糞でしかねーんだよ誰の小説が糞だって?だから読んでから言えってば。
 わかってるんだ。僕は今まで何もせずここまで生きてきた空っぽで薄っぺらで恵まれた糞みたいな人間だ。そんな僕が書き綴ったものに何かの価値があるのかと問われれば僕は目を背け聞こえないふりをしながら煙草を吸うしかない。そうやって文学的な何かに酔っている自分の醜さが恥ずかしい。煙草なんて吸う必要ないんだ。好きな小説の主人公がだいたい煙草吸ってたから吸い始めてみただけっていうこれまた薄っぺらな理由で吸ってて。だからって書いちゃいけないわけないしきちんと生きないと読むべきものなんて書けないよなんてあんたは言うけどきちんと生きてるんなら小説なんて書いて短い人生を無駄にするわけないだろアホか。わかってるよきっと僕が間違っててあんたが正しいんだ。本質的にも社会的にも正義はいつも僕ではない方にあるんだから。言葉を紡ぐほど真実から遠ざかる。そんなことを言いたいわけじゃないんだ。何か言うたびに間違えてしまう。だからこんなに苛々しているんだよ図星だから僕が糞だから。だってさその会話だってもう三ヶ月も前の話なんだよ。それを今でも仕事終わりの深夜に車を運転しながら思い出して生々しく恨んだりしてほんとしょーもないねそこから一歩も進んでいないじゃないか。あんたが勧めてくれた自己啓発的な本だってアホくさいと思って読んでないしさ。タイトルをメモってはいるんだけどね。そこが僕の小ささだよなって呆れながらもメモを捨てられないのは僕も変わりたいと思っているからなのか。思っているからって何かが変わるわけでもないんだけどね。何かを変えるのは思考ではなくて行動だろうから。何もかもを諦めきれず何もかもを選ぶことができず結局何もしないまま三十路目前なんだから。焦燥感だけが募り続けて不定期で爆発して深夜の車の中で奇声をあげてみたりするんだから。
 終電の終わった踏切の中で車を停めて煙草に火をつけた。僕と踏切のにらめっこが続く。踏切にまで何思われてんだろなんてビビる必要はないはずなのに僕はなんだか気まずくなって目をそらしてしまう。誰かが僕を見つけてくれても僕にできることなんてあるのだろうか。死ぬ気で小説を書くとか言ってちゃんと寝てんだもん。どうやったら死ぬ気で書けるのかすらわかんないんだもん。わからないけどやらせてみてよ。誰かが無理矢理にでも引きずり出してくれないと僕はここで何もできないまま死んでしまうんだから。それはきっとあんたらの責任だから。まあそのあと成功したら僕の力だって言うんだけど。それでも助けてくれる世の中だったらいいのに。感謝が足りないってあの子にも言われたっけ。白いため息をついて僕はまたひとつ夜をやり過ごす。きっと十年後もそうやって生きていることができる。

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