愛称

イグBFC2参加作

画像1

画像5

画像3

画像4

画像5

愛称

 彼女は私のことを「コンタックエネミー」と呼ぶ。説明したほうがいいと思う。まず私は「まこと」という名前であり、付き合い始めた当初は「まこさん」と呼ばれていた。彼女は六つ年下であり、それなりに年上として敬われる呼び方をされていたわけである。しばらくするとお互いに甘えだした私たちは「ここさん」「みーちゃん」と呼び合うようになった。彼女の名前は「あみ」である。ここさんと呼ばれ始めてすぐ、いつの間にやら「こたろ」と呼ぶようなっていた彼女に気づき、すぐさま私も「みたろ」と呼び始めた。気分がいいときは「こたろたぬきさん」という長々とした呼び方に変化することもあったがこたろ呼びはそれなりに長く続いていたように思えるし私自身もみたろと呼ぶときのちょうどいい加減に甘えた感じが気に入っていた。肝はやはり「たろ」の部分の舌を甘ったるく巻く発音なのだろう。なので「こ」であったり「み」であったりの部分はできる限り短く発音するほうがよいとされる。そういうことに気づいたのであろう彼女はいつしか私のことを「たろさん」と呼ぶようになっていた。もはや個人を識別する「こ」やら「み」やらの部分は省かれ、うしろについて回った「たろ」だけが残った。これは同棲を始めたことによりふたりきりの世界に対する依存度が高まったためであると思われる。誰かを呼ぶときにお互い以外など考えの外にあるというわけだ。しかしそうなると私は彼女のことをなんと呼べばよいのだろう。同じように変遷すると「たろちゃん」ということになるのかもしれないがそれは何とも芸がなくまた「すぐまねする」とからかわれてしまうこと必須である。つまりここは私のオリジナリティを発揮すべきポイントなのだ。
 この頃勤めていた病院を辞めネットフリックスに加入した彼女は周囲で流行っているらしい韓国ドラマにはまり始めることとなる。梨泰院クラスやらイカゲームやらというものである。しかし鬼滅の刃しかりそういったものが流行っているという情報は私の生活圏には入ってきていないものでありいったいどこで流行っているのだと懐疑的であったが仕事中に暇すぎてネットサーフィンをしているとパリにイカゲームの世界を体験できるポップアップストアができ、さらにそこで待機中(七時間以上待っていたらしい)の人々が乱闘騒ぎを起こしたなどというニュースをみつけ本当に世界的に流行っているらしいということを認めざるを得なくなったので土日を利用して一気見した。おもしろかった。しかし結局のところそれなりに既視感はあるしストーリーも荒っぽく文句をつけられる部分は多くありそうなので鬼滅の刃しかりどうしてそこまで熱狂的に流行っているのかと腑に落ちない部分はあったがそんなことをいうと彼女が不機嫌になるのでおもしろかったおもしろかったと空虚に繰り返しておくことに決め梨泰院クラスに進んだ。その前に言っておきたいことがある。イカゲームの最終話を見ていた深夜三時のことだ。一度全話視聴し終えていた彼女は私が熱中する中ソファーベッドの背もたれに片足を投げかけいびきをかいて寝ていたのだが不意に目を覚まし「黒幕あの人でびびったやろ」とかお母さんがどうたらとか言い始めたのだが私はまだそこまで話を見終えていなかった。つまり最終話視聴中の一番高まっているところで完全なるネタバレをかまされたわけである。もちろん私にもある程度予想がついてはいたのだがやはり確定するまで息をのんで物語を追いたいことに変わりはない。それをドラマの緊迫した雰囲気をぶち壊すようにいびきをかいて眠っていたこの人に最後の仕上げとでもいうように完膚なきまでにぶち壊されなんとも白けた気持ちで終わりを迎えてしまったのは非常に残念なことであった。なぜそんなことをしたのかとくすぐりながら問うと笑いながらはじめこそ「ごめんもうそこまで終わったと思って」と故意ではないように言っていたのだが最終的には「うちも友達にネタバレされたんやもん」とあろうことか同じ目に合わせてやろうという意地悪な気持ちがあったことを告白したので笑ってしまった。ここに至るまでも描写について「なんであそこ映さんのやろ」とかヒント風のことを言おうとするのを「やめろ」とわりと強めに牽制していたのだが最後の最後でほのめかしでもなんでもなくストレートを投げ込んでくるとはたいしたものだ。梨泰院クラスを見終えた今なら「セロイでも土下座するレベル」という最近流行っているらしいツッコミをここで軽率に使っていたことであろう。ただまあそんなことはどうだってよくて呼び名についてなのだが最近は時と場合により使い分けることが多くなった。たとえば外出中は「みたろ」ではなく「みた」と呼び「ろ」の部分の甘えた感じを少し減らすといったように。その他例をあげるとみんちょす、ちゃんみ、チャミスル、ナイストゥーみーちゃん、チャンミンソチャンソク、ミンチョンハシムニカなどが挙げられるがやはり一番使用頻度が高いのは「みたろ」である。彼女からの呼称に関しては「こた」が多くなっているように思われる。それは近頃めんどくさがりを加速させている彼女がより短い呼称を好んで使っているからであろう。その他こんた、こんちゃん、こんちきしょー、おいデブ、ぶたけつ、ぶたけつシンフォニー、めしがかり、神様などが挙げられる。余談だが韓国ドラマによく出てくるお酒がチャミスルとマッコリであることに気づいたときはふたりしてしばらく笑い転げてしまった。ところで最近彼女はCODというFPSゲームにはまっている。そのゲームではどうも敵と遭遇すると「コンタックエネミー!」と叫ぶらしい。正確には違うかもしれないが彼女にはそう聞こえるようだ。そういうわけでこの頃彼女は私のことをコンタックエネミーと呼ぶ。帰ったらCODとやらをインストールするつもりだ。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?