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増刊|コミック無責任&文芸たぶん

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【増刊 文芸たぶん】は勢いで書いた「ひとふで小説」と定期連載化できない物語調の書き物を収録しています。仕事コラムなどのルポ系読み物は他のマガジンにまとまっています。 【増刊 コミ… もっと読む
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#即興小説

ひとふで小説|レンガイケッコン(17)

これまでのお話:第1話/収録マガジン(前回まで) (17)  蓮本に素性を知られる不快の理由には「親しくない相手に大事なことを把握されている」というのも、きっとある。それならば、せっかく近付きつつある“好意的な顔見知り”から“友達”に格上げされることを目指すのも一つの道だろうか。  友達は難しくとも、せめて顔見知りから“知人以上友人未満”程度の関係性に格上げしてもらえれば、蓮本が自分の身の上を知っていることにも納得がいくかもしれない。  順番が逆だとしても、結果的に納得のい

ひとふで小説|12-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[XII]

これまでのお話:初回-I前回-XI|収録マガジン XII 生まれてこのかた見知った村人ばかりに囲まれて暮らした二人の村娘は、都会を過ごすにはいささか無防備な心を持っている。 「ご、ごめんなさい!」  先に口を開いたのはシオだった。大国の城下町で地べたに寝転ぶ姿を目撃される事がどれほど深い恥を我が身に与えるものか思い知りながら、すぐさま跳ね起きた。  ターレデも旅に軋む背中を慌てて起こし、何度も何度も頭を下げる。 「人通りの少ない路地の裏だったので、どなたも通らないかと…失礼

ひとふで小説|レンガイケッコン(13)

これまでのお話:前回/第1話/収録マガジン (13) 「やめてください、恐れ多くて最後まで何も食べられないまま帰ることになっちゃいます」  溜息の混ざった苦笑を声に絡ませて、東之は答えた。 「それで、西関さんは何も悪くないのに、私きっと本当は、すごく!…すき焼き食べたかったのに、食べられなかったのと空腹感でちょっとヘイト溜めそうになったりして、西関さんトバッチリ受けますよ、私なんか呼ばないほうがいいですよどうせ楽しい話もできないし」  冗談半分の前半を言い切ったあとの後半部

ひとふで小説|11-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[XI]

これまでのお話:[I]〜[収録マガジン] XI 今この瞬間も、人の世の何処かは魔族と攻防している…ということなど、すっかり忘れてしまいそうなくらい賑わった城下町を歩きながらも、擦れ違う者たちが担ぐ物々しい武具が目に入ると、世界が災禍の真っ只中にあることに気づき直す。それでも所々の店から漂ってくる料理の匂いによって生命の躍動を感じるほど食欲を刺激されるのだから、人の体は世界の事情と、とことん関係がないのだろう。  二人は、嗅いだことのない香辛料に心惹かれていた。  ふと、こ

ひとふで小説|10-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[X]

前章:[I]〜[収録マガジン] X 遠い日の悪夢に魘されたのは久し振りだ。  相棒だった山耳犬と大巌猫を人魔に切り裂かれた十二歳の夕べを、思い出す。意識はぼんやりとしているのに、思い浮かぶ景色は鮮明だった。 「シオ、大丈夫?だいぶ魘されていたみたいだけど…。あの子たちが亡くなった日の夢を見たの?」  今年、二十歳になったシオが汗にぐっしょり濡れて飛び起きたのは、西の空が焼け始めた夕刻。  二十九歳になるターレデは二人分の料理を卓に並べ終えたところだった。依然として独身を貫い

ひとふで小説|9-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[IX]

前章:[I]〜[収録マガジン] IX「ヴァンダレ様、いかがなご様子ですか?落ち着いて眠れそうですか?それとも、何か食べられますか?」  雪棉糸を平織りした大きな浴紗で体を拭いながらターレデが尋ねると、寝間着に袖を通しながらヴァンダレは答えた。少し迷ったようだったが、正直に。 「…穏やかでない一日を送ってしまったせいか、きつい眠気が訪れたとき無理に逃がしてしまったせいか、体がなかなか眠たがらないのです。私は、もうしばらく起きていても良いですか?ターレデ様がもうおやすみになるよ

ひとふで小説|8-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[VIII]

前章:[I]〜[収録マガジン] VIII 相棒たちの遺体が綺麗な骨となったのはちょうど陽の出の頃だった。  優しくゆすり起こすと、半分寝惚けたままのシオはターレデの腰に抱きついて、幼児が口にする喃語のようなものを二、三呟いてから、はっ、としたように飛び起きた。  ヴァンダレが居たことを思い出したのだ。それから、昨日起きた悪夢のようなこともすべて、現実として。  ヴァンダレは、野宿を遂げたシオを労いながら、本当はもう少し短い時間で火の葬いを終えることもできるのだと説明した。

ひとふで小説|7-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[VII]

前章:[I]〜[収録マガジン] VII 心底、徹底して食を愉しむ主義なのか、或いは、単に口に合う食べ物が嬉しいのか。それとも、せっかく作ったターレデへの持て成しなのか、真意は分からなかったが、ヴァンダレの、どんなに真面目に話していても菓子を咀嚼するまでの間だけは顔が緩むところを、ターレデは既にひどく気に入っていた。  また一つ、ターレデが作った菓子を口にほうったヴァンダレは、小麦酒を含んでから説明を続ける。 「…ところで、剣門を創った者のことを、剣の道では“士祖”と言います

ひとふで小説|6-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[VI]

前章:[I]〜[収録マガジン] VI ふと、サラは改まって礼を述べていないことを思い出し、ヴァンダレに深々と頭を下げ、村長に褒賞を出すよう進言したことを報告した。背後の炎が自分の影をヴァンダレに落としてしまい表情はよく見えなかったが、ヴァンダレは気さくな語り口で謙遜した。 「勝てたから、お礼を言って頂ける立場にあるだけです。負けていたら、皆さんを危ない目に遭わせてしまうところでした。礼には及びませんよ。剣を持つ者がやらねば誰がやるのです、当然のことをしたまでですから…。あな

ひとふで小説|レンガイケッコン(6)

これまでのお話:(第1話)〜(収録マガジン) (6) 世界を真っ二つに分けたとして、蓮本は虫が平気な人材側の所属であることを自負している。  あらゆる種類のムシが平気というわけではないし、興味や可愛いげを感じて愛でることもないが、それでも何の気無しに飼育できた程度には平気だ。  カブトムシ各種、クワガタムシ各種、テントウムシ各種、トンボ各種は幼少期に採集した成り行きで飼ったことがある。尤も、ここで言う「飼った」というのは本格的な昆虫愛好家のそれではなく「子供が想像力の範囲

ひとふで小説|4-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[IV]

前章:[I]〜[収録マガジン] IV「ヴァンダレ様は、どうして魔族を斃せるの?」  夕闇の奥で黙々と、無垢な亡骸のための火葬と墓につかう穴を掘りながら、シオは尋ねた。  胸の奥にくすぶる願いとヴァンダレに聞きたいことの本当の意味は「何故あなたは人魔を斃せるか」ではなかったが、シオはまだ己が何を求めて問い掛けたのか自覚的ではなかった。  ターレデは穴掘りを手伝いながら黙って聞いている。  ヴァンダレも片腕と足を使って出来る限りの事をしながら答えた。 「必ず斃せるかは分かりませ

ひとふで小説|レンガイケッコン(4)

これまでのお話:(第1話)〜(収録マガジン) (4) 起き抜けの紅茶を啜りながら、蓮本は考え込んでいた。大問題は、“どう『結婚』を申し込むか” である。よくは知らない相手に、唐突に、しかも同性が。  きっと「女同士の話」と言っても異なる意味で取られるに違いないので、異性同士で言うところの「男女のこと」というのを、同性の場合は一体、どのように一言で、どのようにニュアンスごと表せばいいのか、蓮本には分からなかったが、とにかく恋や愛や結婚にまつわることで異性同士に起きても難しいこ

ひとふで小説|3-イェダラスカレイツァ:バルヴァリデ[III]

前章:[I][II]〜[収録マガジン] III  湯の波打つ音の合間を縫って遠くから人のざわめきが聞こえる気がしたかと思うと、母屋の戸が開く音がする。なんとも不躾な、宿屋の主人だろうか。考える間も無いうちに湯場に繋がる裏口の扉が開くと、勢いよく入ってきたのは従妹のシオだった。 「ターレデ!ターレデ、助けて!」  足を縺れさせながら駆け込んできたシオは一瞬だけヴァンダレの存在に怯んだが、そこから先は目もくれず湯場に浸かっているターレデの腕を自身も湯に濡れながら引いた。血の気

ひとふで小説|レンガイケッコン(3)

これまでのお話:(1)(2) (3) 昨晩、翌日の打ち合わせに備えて早寝するつもりだった蓮本のスマートフォンが、寝る支度を始めた頃に通知を鳴らしたので、仕事の用件か、一度「おやすみ」のメッセージを交わして寝たはずの彼が起きたのかと思って開いたら、電子書店のアプリが放った「読書ポイントの有効期限があと半日で切れます」というアラートだった。  ポイントなんかすっかり忘れていたくらいだから知らぬ間に失効していればどうでもよかったのに、「消えて無くなります」と知らされれば、なんだか