無毒
俺は人畜無害で、だから誰からも嫌われることはないと思っていた。
ある日、バイト先の先輩が辞めた。
その人は典型的な"一生懸命な人"で、めちゃくちゃ嫌われていた。
俺はその人から誤解されていた上に陰口を叩かれていた、らしい。
その人は職場に居づらくなって辞めたらしいが、俺が店長にその人の悪評を垂れ込んでいた、ことになっていた。
その人はめちゃくちゃ嫌われていたので、陰口が相手に伝わってしまうのだ。
俺は笑った。
職場で人の悪口なんて言ったことねーよ。なんでそんな話が出たんだ。
俺とも普通に話してただろ。
その人が俺を憎んでいたかは分からんが、そんな理由なら俺は憎悪されていてもおかしくない。
ああ俺って、嫌われるんだなって。
人畜無害ではねーんだなって、かすかに思ったのがこの時。
その頃から、良い人間になろうとしだしたかもしれない。
誰からも嫌われないように、俺の本性を隠そうとしたかもしれない。
不自然なまでに。恨まれないように。人畜無害をことさら主張して。
そうやって生きて良かったことは、何一つなかったと思う。
何一つなかった。それを評価されたことなど一度もない。
見当違いな「優しそう」って感想をもらうだけ。
優しくねえよ。優しいけど。
お前の思う優しいと俺の優しさは違うわ。
今になって「優しそう」って感想は、他に褒めるところがない時の常套句、なんてあるあるネタが出来てハハハってなるし。
サボったり、人に迷惑をかけた時に開き直りのような精神状態でいると妙にそわそわする。
これをもっと明確化すると、一人ぼっちになる恐怖を感じる。
誰からも愛されない。見放される。それでそわそわする。
俺が嫌われることなんてあるんだ、って実感したからだ。
だから人に迷惑をかけたら嫌われて一人ぼっちになるんだ、って感覚と繋がる。
そんなこと気にしてなかったんだ昔は。
嫌われるなんてあり得なかったからだ。
一人が平気というより、一人なんてあり得ない、って感覚を持っていた。
だから今より自由だったんだ。あり得ねえんだから。
気にしていなかった。
あり得なかった。
それがあり得てしまって、大人になった今自由が減ってきてる。
そういうこったな。
気にしないこと。
気にしないことが軽さとなり、五次元への鍵となる、と確信を得ているが、最近読んだ本で「ゆるすということは、気にしないこと」というのが書いてあった。
他人が気にならなくなること。それが許すということ。
自分も他人も、心の中にいないこと。それが許すということ。
許し、慈愛、軽さ。五次元。
俺は五次元に行く。
きっかけなんかねえのだ。
五次元に行きたいと思ったときから俺は許すし、軽くなれる。
俺はもうリセットされている。過去は気づきになるが、もう過ぎたことだ。
ネトゲのイベントを満喫して、明日から仕事は普通に頑張る。
それで五次元に行く。