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私、怒る

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シンガポールで働き始めて1ヶ月が経つ頃でした。中国の担当者(注:中国人ではありません)に私は激怒しました。

その頃、私は、アジア・パシフィック地域のITサポート・チームの取りまとめをしていました。各国の病院の検査室に導入されているソフトウェアに不具合が出た際、まず各国の担当者が対応します。それが難しい場合、私のところに連絡が入ります。そして、私が状況を把握した上で、シンガポールからのサポートを提供するのです。それは、電話サポートのこともあれば、誰かが現地に飛行機で飛ぶこともありました。シンガポールでも対応しきれない場合は、スイスにあるグローバル拠点に私が連絡することになっていました。

ある日、中国の担当者から連絡が入りました。深刻なソフトウェアのバグです。シンガポールからの電話対応によってお客様にご迷惑を掛けない状態にはなったのですが、抜本的な対策には現地訪問が必須です。私は、すぐにシンガポールのチームメンバーの現地入りの手配を始めました。

ところが、なんと、中国の担当者は、私に連絡を取ると同時に、スイスのグローバル拠点にも連絡を取っていたのです。私に一言も言わずに、です。

グローバルの担当者から、この件に関する問い合わせが私にあった時、私は激怒しました。中国の担当者による明らかな越権行為だからです。グローバルを頼るのは、シンガポールのチームでは対応し切れないと私が判断した時です。各国の担当者が勝手にグローバルに連絡すると、アジア・パシフィックとしての統率が取れていないと思われてしまいます。

私を怒らせたこの中国の担当者は、私の前任者でした。中国に赴任する前は、彼が私の仕事をやっていたのです。そのことが、私をより一層怒らせました。彼はルールを知らなくて、こんな行動を取ったのではないのです。ルールを熟知した上で、敢えてやったのです。

中国は、アジア・パシフィックにとって最重要拠点です。売上規模、成長率、利益率のどれをとっても圧倒的ナンバー1です。私が激怒しているからと言って、中国拠点を怒らせることはできません。

そこで、私は上司に相談しました。上司は、私を見て笑いながら言いました。「君が怒っているところを初めて見たよ。日本人も怒るんだね。」そのジョークは、私には全然面白くありませんでした。

上司は、私をなだめる口調でこう続けました。「君の怒りはもっともだ。彼には私から一言注意しておくよ。」そして、その場ですぐにメールを書いてくれました。「これで、少しは気分がマシになったかい?」

私の気分は全然マシになりませんでした。上司の部屋を辞した後も私は考え続けました。

第一に、中国の担当者がしたことは明らかなルール違反である。
第二に、彼は間違いなくルールを知っていた。
第三に、それにも関わらず彼がそうしたのは、私のことをなめているからである。
第四に、この状況で、私は上司の後ろに隠れていていいのか?

この事態が発生したのは、夕方でした。私は、自分が全く冷静でないのを知っていました。そこで、その日は通常の業務を終えて、家に帰りました。

家に帰ってからも私は怒っていました。私は普段、怒りっぽい人間ではないつもりです。ところが、一晩明けても私の怒りは収まりませんでした。

次の日の朝、出社してすぐ、私は深呼吸をしました。そして、電話の受話器を取り上げました。中国の担当者に連絡するためです。

まずは普通に挨拶です。「元気? 忙しい?」そして、単刀直入に切り出しました。「私に知らせずにグローバルに連絡しましたね。それはルール違反です。私は、とても怒っています。」彼にはたくさんの言い訳がありました。電話は30分以上続きました。私は、彼の言い訳に反応しつつ、同じ文章を何度も何度も繰り返しました。最後に、彼がこう言いました。「君が怒っているなら、僕が悪いことをしたんだと思う。申し訳なかった。」

それを聞いて、私は、思いました。良かった、やっとこの電話を切れる…。同じことは二度と繰り返さないでね、次からはまず私に連絡してね、と念を押した上で、私は受話器をおきました。

その途端、周りから拍手が湧き上がりました。上司も、途中から私の後ろで興味深そうに電話の様子を聞いていました。隣の席の同僚も、前の席の同僚も、私のチームメンバーも、全員が固唾を呑んで様子を見守っていました。私はぐったりした顔で周りを見渡しました。一人が私に聞いてきました。「どうだった?」私は答えました。「疲れた……。」彼は続けていいました。「でも、君は素晴らしかったよ! 最後まで礼儀を失わず、でも主張を譲らなかった。」「ありがとう。でも、本当に疲れたの…。」

私は本当に疲れていました。怒るのにはエネルギーが要ります。私のモットーは、「和を以って尊しと為す」です。喧嘩は私の日常ではありません。私はぐったりして言いました。「私、今から経費精算をするから…。それが、今の私でも出来る唯一の仕事だと思う。とにかく疲れた…。」そして私は本当に経費精算を始めました。みんなは笑いながら、しばらく私を放っておいてくれました。

この出来事が契機になって、私はシンガポールのチームに受け入れられました。折に触れてこの話が持ち出されました。みんなが言います。「那香子を怒らせるな。怖いぞ。」

ここで、今回のレッスン・ポイントです。

喧嘩はしないに越したことはない。でも、買わなきゃいけない喧嘩もある。その時は、がんばれ!

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