会議中

私、怒られる

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私のシンガポールでの上司は、優秀でした。大局を読み、勘所を押さえるのに長けていました。

私は、日本で、彼のようなタイプを見たことがありません。日本で「あの人は優秀だ」と言う場合、そこには多分に官僚的優秀さが含まれているように思います。官僚的優秀さとは、会議には絶対遅刻しないとか、議事録を取らせたらピカイチだとか、誰かと誰かの意見が異なる場合に相互の妥協点を探るのが上手いとか、そういうイメージです。ベンチャーはいざ知らず、日本のある程度以上の大きさの企業で評価されようと思ったら、官僚的優秀さは必須条件です。

私のシンガポールでの上司に、官僚的優秀さは皆無でした。私が上に挙げたポイントは、全滅です。前の会議が盛り上がれば次の会議に遅刻するのは日常茶飯事でしたし、議事録どころかメモを取っているのも見たことがないし、妥協点を探ることも滅多にしませんでした。彼の中には常にビジョンがありました。そのビジョンに少しでも近づくことが、彼の目的でした。

官僚的優秀さの代わりに、彼には一種の芸術家的優秀さがありました。彼のプレゼンテーションは、会場が爆笑の渦に包まれるパフォーマンスでした。そのために、彼は周到に準備しました。上司のプレゼンテーションの準備に私も付き合わされたことがあります。その気難しさときたら、まるでソロ・コンサート前のバイオリニストでした。これで大丈夫と思ったとたん、急に朗らかになるのも印象的でした。そして、スポットライトの中に出ていくとき、彼は自信満々に見えました。

このタイプを日本で伸ばすのは難しいなぁと思いながら、私はその優秀さを見ていました。好き嫌いがはっきりしていて、自分が同意しない限りテコでも動きません。その代り、やると決めたら、目指すのは平均以上ではなく、100点満点です。つまり、悪く言えば、ムラがあって協調性がないのです。

それを含めて、彼の優秀さを私は信頼していました。

アジア・パシフィック拠点では、毎年7月中旬に14ヶ国の代表を集めた大きな会議を開催していました。私はシンガポールでの勤務をゴールデンウィーク明けに始めました。ですから、私が初めてその会議に出席したのは、シンガポールに移動して2ヶ月が過ぎた頃でした。

その会議に参加する14ヶ国からの出席者に、私はある提案をすることになっていました。提案を受け入れてもらうために、準備を重ねました。

ところが当日、議論は紛糾しました。全体の枠組みに対する合意は取れたのですが、開始時期や参加国などの詳細まで詰めることが、私には出来ませんでした。紛糾する議論を収束させようと努力しながら、ちらっと上司を見ると、不機嫌そうに押し黙っていました。

議論は収束せず、更に時間が流れました。いまや、上司の顔は赤黒くなっていました。機嫌が顔色に表れる人なのです。

会議が終わった後、私は上司に呼び出され、こっぴどく叱られました。「まったく期待外れだよ。あんなふうにお茶を濁すために我々は集まっているんじゃないんだ。詳細はどうやってまとめるつもりだ? メールでは絶対無理だぞ。次に全員が集まるのは1年後なんだ…」

私は、首をすくめて、上司のお説教を聞きました。

私にも言い訳はありました。

私は、14ヶ国の担当者に会うのはその場が初めてでした。誰がどんな考えをもっているのか、まったく分かりませんでした。したがって、議論が紛糾した時、参加者の誰にも援軍を頼むことができなかったのです。

結果は結果です。私は事態を重く受け止め、今後の進め方のたたき台をその日のうちにまとめ、会議で発言の多かったメンバーに口頭で確認を取りました。おおむね合意が取れたものを、後日改めて全員に連絡しました。

うぬぼれるわけではありませんが、私が職場で怒られたのは、久しぶりでした。ずいぶん前、経営コンサルティングの会社にいた頃はよく怒られました。「このスライドの示唆は?」と詰め寄られたのは一度や二度ではありません。「っていうか、示唆ってなに!??」と私は心の中で思っていました。「示唆」は数あるコンサル用語の一つです。質問者は、「このスライドであなたは何が言いたいの?」と聞いているのです。

事業会社に転職して以来、あからさまに怒られたのは、シンガポールでのこの会議が初めてでした。私にとって、怒られるのは新鮮な体験でした。その場で色々言い訳したい気持ちにも駆られました。でも、私は、怒られるのが嫌ではありませんでした。これから、もっと頑張ろうと思いました。

ここで、今回のレッスン・ポイントです。

そこに信頼関係がある場合のネガティブ・フィードバックは貴重。感謝の気持ちとともに、改善に向けて全力を尽そう。

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