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韻律的世界【34】

【34】結─世界の根源的な三重性と身体の二重性

 狭義もしくは固有の韻律的世界(リズム①②のレイヤー)、および広義の韻律的世界(リズム⓪③のレイヤー)をめぐる概観と粗描の作業は、前回をもって終了しました。
 多くの話題や論点を、その一部は意図的に放置したし、また、広狭二義にわたるライムとモアレの各レイヤーにおける相互関係をめぐる系統的な分析も手つかずのままです。せめて最後に、結論ならぬ「結」の括りのもと、韻律的世界全体にまたがる体系的な考察の手がかりだけでも残しておきたいと思います。

 前回引用した議論のなかで、前田英樹氏は、空海の「声字実相」における「字」もしくは「文字」が、パースの「驚くべき」記号論に通じている、と指摘していました。このことについて、引き続き『言葉と在るものの声』に拠って、いま少し掘り下げてみます。

 ──パースは私たちの心に現われるもの(現象)には三つのカテゴリーがあると言う。第一、他のものと無関係に「それ自体において存在できるもの」。たとえば「花の香り」のような潜在的な「情態の性質(Quality of Feeling)」。第二、あるものが他のものと関わってできる存在様式。たとえば「反応(刺激/反応)」。第三、二つのものを(諸規則、法則、因果関係などによって)結び付ける三つ目の要素。たとえば「記号・対象・解釈項」の三項関係からなる「記号過程」における「解釈項」。

「ある「情態の性質」が感覚にやって来るとしても、その「性質」自体は感覚と同じではない。「性質」は「第一次性」に属し、感覚された「事実」は現象の「第二次性」に属する。「性質」は作用/反作用、刺激/反応といった関係を一切含まない潜在的な流動だが、「事実」は経験のなかに現われ、経験が衝突する個物、個体、現実対象として立ち塞がってくる。」(94頁)

「それは、胸いっぱいに吸い込まれる花の香りのように、どこからかやって来て、私の身体に流入する。この時、私の身体は抵抗せず、反応もせず、花の香りそのものとなって流れる。花の香りという「情態の性質」が潜在的であるように、私の身体もまたその香りと共に潜在的なものになっている。
 ところが、私の身体が花の香りを外からの刺激として捉え、反応し、行動する時、私の身体は諸器官を具えたシステムとして個体化し、花もまた私の行動の対象として個体化してくる。現象の「第二次性」が、すなわち単なる「性質」ではない「事実」の領域が、ここに生じる。」(95頁)

「潜在的な流動性である「第一次性」は、相反作用を持つ二項関係としての「第二次性」に現働化する。このような現働化は、この世界が生命的な本質によって貫かれていない限り、起こるものではない。(略)同じように、「第二次性」は、そこから現働化する「第三次性」との性質の差異を通して、その次元に固有の潜在性を持つと言える。たとえば、声を聞くこと、いかなる意味も解釈も交えることなく、声を聞き、生の反応を引き起こすこと、この状態は、現働化した「第三次性」から見れば紛れもなく一種の潜在性を示していて、もはや記号によっては正確に捉えられない。
 したがって、「第二次性」がその性質を完備できるのは、「第三次性」の現働化を通してである。「第一次性」と「第二次性」とが、生命的な本質を通して不分離なものであったように、「第二次性」と「第三次性」とは、言わばあらゆる生き物の経験を通して不分離なものになる。パースが、経験一般における「推論」の役割をあくまで強調し、「直観」の存在を否定するのは、現象の「三つのカテゴリー」が持つこうした差異と連関とを深く信じているからである。」(99-100頁)

「皮膚が知覚しなければ、〈この風〉という、私の身体に現働化した唯一の対象はない。そうした個物だけが、現象の「第三次性」のなかに入り込み、記号の表意作用を持つことができる。純粋な性質としての風だけではだめなのだ。風は身体の抵抗となり、個物化され、〈この風〉にならなくては、記号へと昇格することはできない。「第三次性」は、「第二次性」を経由しなくては「情態の性質」である「第一次性」を取り込むことはできない。言い換えれば、生き物の解釈に満ち満ちたこの世界には、根源的な三重性があり、記号はすでにそのなかに〈生の二重性〉[=身体における「第一次性」と「第二次性」]を含んでいる。」(101頁)

 ──前田氏の読解は、パースの思索が「驚くべき」ものであることに充分拮抗しうる域に達していると思います。この書物から汲み取るべきアイデアは尽きませんが、ここでは、以上の抜き書きを通じて浮き彫りになった、パースによる「現象の三つのカテゴリー」と、前田氏によるその拡張版、すなわち生命的世界の根源的な三重性と生=身体の二重性の議論を、広狭二義の韻律的世界のうちに、若干の私的拡充を施したうえで、落し込んでおきたいと思います。断りなく導入した「第零次性」については、次回触れます。

     [メタフィジカルな実相]

      【第三次性】リズム③ 

      ──────↑──────

      【第二次性】リズム②

 [字]━━━━━━↑━━━━━━[声]

      【第一次性】リズム①

      ───────────── 

      【第零次性】リズム⓪

      [マテリアルな実相]

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