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仮面的世界【20】

【20】仮面の記号論(序)─無から有へ

 私が構想している仮面の記号論には、広義と狭義の二つの相があります。
 狭義の仮面記号とは、チャールズ・サンダース・パースによる記号の三分類、すなわち「イコン」「インデックス」「シンボル」に加わる、第四の記号としての「マスク」であり、広義の仮面記号とは、いま述べた四つの記号が連動して作動するフィールドそのもの、あるいはそのようなフィールドをしつらえる力としての第五の記号類型のことをいいます。狭義の仮面記号に限定して「マスク」を用いるならば、広義のそれは「アレゴリー」などと呼んでいいかもしれません。
 以下、まず狭義の仮面記号たる「マスク」が生まれるプロセスの概略を、順を追って述べていきたいと思います。

  1.無から有へ

 始めに(霊ならぬ)零すなわち「無」がある。
 「無」(零)から「有」(壱)が生起する。──神すら無い絶対的な「無」からの「創造」(思考不可能な真正の奇跡)であれ、無規定・無分節の「無」つまり「空」のフィールドにおける「真空妙有」の力ないしメカニズムを介した存在発現であれ[*]。
 無と有、零と壱、これらが合成されて「多」(弐、参、…)が成る。──かつて私は、ヘーゲル大論理学の「最初の概念、あるいは最初の命題」である「無(Nichts)・有(Sein)・成(Werden)」をカントールの超限順序数に準えて考えたことがある。

 ……カントールは、いかなる存在も仮定しないで集合だけからなる世界を考えた。何も存在しない世界における最初の集合は空集合φである。φはそれ自身一つの元ももたないと同時に、集合{φ}の唯一の元である。このように、空集合φから始めてそれまでにつくった集合全体の集合を順次つくっていく過程でできる集合を「超限順序数」という。

  0=φ,1={φ},2={φ,{φ}},3={φ,{φ},{φ,{φ}}},………

 ここで、 φと{φ}の関係を無と有の関係に置き換えて考えることができるならば、{φ,{φ}}こそが成の表現である。
 まず、何も存在しない世界において唯一存在する集合φは「純粋の無規定性であり、空虚」であり、「だからこの有、無規定的な直接的のものは実は無」である。いいかえれば、φは「無に対する関係としての有」である。φはまたすべての集合の元である点で、「始元をなすもの」であるとともに「後続の全ての根底に存し」ている。
 次に、φを唯一の元とする集合{φ}は、「何ものも直観または思惟されない」ことを意味するφが「われわれの直観または思惟の中に有る」ことを表現している。この意味で、{φ}は「有に対する関係としての無」である。したがって、{φ,{φ}}は有と無の二つの契機をもつもの、すなわち「いまもまだ互いに区別されてはいるが、しかし同時に止揚されているような二契機」をもつ成を表現している。……

[*]ベルクソンは『創造的進化』で二つの「ゼロ」を区別している。

《…ここで二種類の無意識のあいだの相違がひとつ指摘されなければならぬ。それは、意識が‘無い’という無意識と意識が‘無くされた’ための無意識とのちがいで、いままで注意されなさすぎたものである。無い意識と無くされた意識とはどちらもゼロにひとしい。しかしはじめのゼロは何もないことをあらわし、のちのゼロはふたつの量が大きさはひとしく方向が反対で相殺し中和しあうという事態をあらわしている。》(真方敬道訳『創造的進化』(岩波文庫)176-177頁)

 本文で「絶対的な「無」」と書いたのがベルクソンの言う「何もない」ゼロに、「空」が「中和」したゼロに該当する。

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