見出し画像

平裕介弁護士の大阪駅萌え絵ポスター記事に対する批判


1 はじめに

弁護士ドットコムニュースに、2022年12月16日付で「大阪駅の萌え絵ポスター、憲法解釈論では「問題なし」 平弁護士と考える「表現の自由」」という記事が掲載されました(以下「本件記事」といいます。)。

本件記事は、「写真研究者と考える大阪駅の広告炎上問題「切り取られた画像だけで判断しないで」」という記事(以下リンク先参照)とほぼ同時刻に配信されています。
このことから見て、本件記事は、JR大阪駅に11月に掲示されたゲーム雀魂(じゃんたま)・アニメ「咲-Saki-全国編」(なお原作は漫画)のコラボ広告(以下「本件広告」といいます。)を、別分野の専門家がそれぞれ記事にすることで、物事を多面的に捉えることを企図して公開されたものなのでしょう。

本件記事は、平裕介弁護士(以下「平弁護士」といいます。)が、いわば法律家を代表してインタビューに答える形で公開されていると見られます。

さらに、平弁護士は、本件記事のなかで、「世間には「憲法解釈論」を軽視する風潮がみられる」、「「道徳」教育や「ジェンダー」教育も大事でしょうが、日本では、子どもだけではなく大人の「法教育」「憲法教育」が圧倒的に足りていないのではないかと思ってしまいます」、「より多くの方に憲法や法律の入門書や教科書を読んでいただきたい」と述べていることすれば、本件記事は、憲法や法律の入門書や教科書に通説・判例として記載されている内容に基づいていると主張するものと読むのが自然です。(太字強調は本note作成者によるもの。以下、本noteにおける太字強調についてはすべて本note作成者によるものです。)

しかしながら、本件記事は、一弁護士の目から見てミスリーディングであると思われる記載が多数存在します。
この記事が、あたかも法学(ないし憲法学)の常識的内容であり、憲法や法律の入門書や教科書を読めば分かる内容であるかのように配信されていますと、色々な面で世間に誤解を与えるように思います。
そこで、以下では、本件記事のミスリーディングと思われる点を挙げることにしました。

具体的には、事実関係のミスリーディング法令のミスリーディング判例のミスリーディング憲法99条のミスリーディング自主規制のミスリーディングという5項目を指摘します。

2 事実関係のミスリーディング

(1)事実関係の大切さ

まずは、本件の事実関係についてです。

憲法論に限らず、法の解釈・適用を論じるにあたっては、過不足なく正確な事実関係を把握することが必要不可欠になります。
なぜなら、法の解釈・適用というものは、シンプルに言えば、小前提として事実関係を確定し、大前提としてその事実関係に適用される法の内容を確定し(法の解釈)、大前提(法)に小前提(事実関係)をあてはめて結論を出すというプロセスが必要だからです。
(どれほど精緻で非の打ち所のない解釈論を展開したとしても、事実関係を間違えて把握すれば無意味な法適用になります。)

(2)尾辻かな子氏のツイート内容

本件記事は、記事の冒頭に尾辻かな子氏(以下「尾辻氏」といいます。)のツイートが貼られていることや、記事の途中で「元国会議員」に触れていることからも分かるとおり、直接的には本件広告に対する尾辻氏のツイート内容を想定しながら、それを批判するかたちでインタビューが語られています。

しかし、本件記事は、批判対象とする尾辻氏のツイート内容には触れないまま批判を展開しているため、そのこと自体もミスリーディングであると同時に、議論がぼやける原因になっていると思います。
そこで、まずは尾辻氏のツイート内容を確認しましょう。

尾辻氏は、まず、2022年11月26日に以下のツイートをしました。

このとおり、最初のツイートはごく簡単な内容です。
ですが、これに対し、現時点で合計9596件という異常なまでの引用ツイートが付されていることからも分かるとおり、本ツイートには非常に多くの批判(誹謗中傷含む。)が殺到しました。
そのためと思われますが、尾辻氏は、脅迫メールが相次いでいることをツイートした後に、以下のツイートをしました。

しかし、尾辻氏の上記ツイートを見れば分かるとおり、尾辻氏は、本件広告のような広告に対して法律や条例による法規制を求めているものではありません。

本件記事は、明らかに尾辻氏のツイートを意識して批判しているにもかかわらず、具体的には、尾辻氏のツイートのうち、どの部分の主張が問題であるとしているのかが不明確です。
「元国会議員」である尾辻氏が法規制を求めているのは問題だというような主張をしているようにも見受けられますが(そもそもその辺りの記載が不明確なのですが)、尾辻氏は実際にはそのようなことはツイートされていないので、ミスリーディング
です。
そもそも、上記のようなツイートに対して、数々の誹謗中傷や●害予告、セクハラといった加害行為が殺到したことも、法学ないし裁判実務的には重大な問題であると思われるのですが、本件記事にはそのような事実関係は一切触れられておらず、尾辻氏のツイートを批判するのみであることもいささか奇妙に思えます(尾辻氏に対して寄せられた数々の誹謗中傷やセクハラについては、尾辻氏のTwitter発信を遡ることで確認することができます。)。

(3)本件広告の内容

また、本件記事は、本件広告のことを話題にしているにもかかわらず、本件広告の内容についてもほとんど触れていません。

もっとも、「憲法は、駅など人々が行き交う公共の場所において「性的」な広告によって一瞬あるいは数秒でも不快な思いをせずに公共空間を出歩きたいとか、見たくない「性的」表現を一時的にであっても見たくないといった利益を手厚くは保護しておらず」とされていることからすれば、平弁護士は、本件広告は性的な広告を嫌悪する者が「一瞬あるいは数秒」「不快な思い」をする程度のものと考えているのでしょう

しかし、冒頭で示した「写真研究家と考える大阪駅の広告炎上問題」や、近時公開されている九郎政宗氏の「JR西日本への意見書(2022年11月にJR大阪駅で掲示されたYostar社の駅広告について)」の内容からすれば、本件広告には様々な問題点があります(両方とも、非常に参考になる記事でした。本件広告の内容や問題点を把握しやすくなるので、尾辻氏のツイートとあわせてご確認をお勧めします。)。

ここでは、写真研究家の小林美香さんの指摘として、「この広告の場合、目線の位置がちょうど少女の脚元に当たる。この通路を通る人にとっては48面の少女の絵に囲まれ、連続して脚元から見上げるような感覚になるはずだと指摘する。また、ネームプレートがヒップの位置にあることも特徴的だ。」とされていることや、九郎正宗さんが指摘するように「「未成年の飲酒シーン」のように見えてしまうポスター群」があることを紹介しておきます。

このような本件広告の内容に触れず、性的な広告を嫌悪する者が一瞬あるいは数秒不快な思いをするだけであるかのように流してしまうことはミスリーディングです。

3 法令のミスリーディング

次に、法令関係です。
平弁護士は、本件記事の冒頭で、本件広告は「法的に問題はありません。問題となった広告は、刑法175条のわいせつ文書にも、自治体の青少年保護育成条例のわいせつ文書にも、いわゆる児童ポルノ規制法の児童ポルノにも該当しないことは明らかです。」と述べています。

ですが、本件は大阪駅の問題ですので、条例で問題になるものは「大阪府青少年健全育成条例」になりますが、大阪府青少年健全育成条例に「わいせつ文書」という規制の括りは存在しません。そもそも「わいせつ文書」は刑法で規制されているので、さらに条例で規制する必要はありません。
大阪府青少年健全育成条例で規制されているものは、「有害図書類」や「有害広告物」です。

そして、大阪府青少年健全育成条例の22条は、有害広告物の規制について、知事が「道路その他公衆の通行の用に供する場所から見えるような方法で表示された広告物が第十三条第一項各号のいずれかに該当すると認めるとき」に、広告主や管理者に対して必要な措置を命ずることができると定めています。

条例22条で引用されている13条1項は長い条文なので、詳しくは条例を参照して頂ければと思いますが、例えば、条例13条1項イは、「陰部、陰毛若しくはでん部を露出しているもの(これらが露出と同程度の状態であるものを含む。)又はこれらを強調しているもので、青少年に対し卑わいな、又は扇情的な感じを与えるものであること」を挙げています。

本件広告は、陰部や陰毛は露出していませんが、元々のイラスト(ゲーム中で使用されているイラスト)ではでん部(ヒップ)を強調していたものを、でん部の部分にキャラクター名をかぶせているなど、きわどい部分がある広告です(なお、下記ツイートのリンク先に付されているファンの反応にもご注目ください。)。

しかも、本件広告が掲示された場所は、西日本最大のターミナル駅であるJR大阪駅の「御堂筋口改札外に位置し、阪急大阪梅田駅とOsaka Metro梅田駅の連絡ルート」に位置しています。この広告場所は、西日本最大級の大型シート広告になる様子です。

老若男女様々な人々が多数通行する場所であることは、広告を出す側にとっては都合がよいことかもしれませんが、青少年も含めて多数の人々が目にする広告である以上、本件広告が有害広告物にあたるのではないかということを検討する必要性は高いといえるでしょう。
また、本件広告が少女達を「連続して脚元から見上げるような」配置になっていること等は、「青少年に対し卑わいな、又は扇情的な感じを与える」と評価される方向に働く事情でしょう。

これ以上の細かい検討は本noteの目的から外れるため、ひとまずここまでにしますが、本件広告が条例上も問題ないと本当にいえるのかどうかについては、いささか疑義があるところという印象を受けます。「わいせつ文書」と「有害広告物」の区別もつけず、一口に「問題ない」と言いきってしまうのは、ミスリーディングです。

4 判例のミスリーディング

次に、判例のミスリーディングです。

(1)とらわれの聴衆事件

平弁護士は、本件広告が法的に問題ないとする根拠として、最高裁判所昭和63年12月20日判決(大阪市営地下鉄車内広告事件、またはとらわれの聴衆事件)と最高裁判所昭和59年12月18日判決を挙げています。

しかし、平弁護士は、とらわれの聴衆事件判決から、「広告の「表現の自由」>「見たくないものを見ない自由」」という定式を導き出している様子ですが、とらわれの聴衆事件では、そもそも「見たくないものを見ない自由」のことは取り扱われておりません。

とらわれの聴衆事件判決は、弁護士の目から見ても読み方が難しい判例です。憲法の入門書や教科書レベルでは、ほとんど内容は解説されていません。憲法の入門書や教科書を読めば、この判例を容易に理解できるかのように記載することはいかがなものかと思います。

しかも、平弁護士は、本件記事のなかで、「紙谷雅子教授(学習院大学)は、「見たくないものを見ない自由」の問題は「聞きたくないものを聴かない自由」の問題の場合とは異なり、「『とらわれの聴衆』の議論がなされない」と指摘しています(長谷部恭男ほか編『憲法判例百選Ⅰ 第7版』(有斐閣/2019年)45頁)」と記載していますが、この点も非常にミスリーディングであり問題があります
上記「判例百選」の中で、紙谷雅子教授は、正確には以下のように記載しています。

3 「とらわれの聴衆」が憲法問題であるならば……
裁判所の判決文において、表現の受け手が「見たくないものを見ない〔聴覚よりも視覚の方が外部からの強制を回避しやすいことが性的に露骨な表現について「とらわれの聴衆」の議論がなされない理由であるように思われる〕、聞きたくない音を聞かない」だけではなく、聞かされている場所から逃げ出せないという「とらわれの聴衆」の問題提起があったことを指摘する事例は乏しい。

憲法判例百選Ⅰ[第7版]45頁(2019年、有斐閣(学習院大学教授 紙谷雅子執筆))

元々は〔 〕内の議論である点や、文章の語尾は「思われる」と消極的に書かれている点を省略し、断定的な指摘として紹介することは、さすがに違うのではないでしょうか?

加えて、この記載内容は、そこから敷衍して、紙谷教授が学者としての考察や意見を述べている欄でありまして、とらわれの聴衆事件判決から当然に導かれる内容ではありません。
このように、各判例からどのような帰結が導かれるかということは、法律論では「判例の射程」といった言い方をするところですが、判例が直接触れていない論点について、決定的な帰結を出すことはできないと考えるのが通常です。また、法学の世界では、実際に裁判になって初めて議論が本格化するということもそれほど珍しいことではありません。
したがいまして、「これが「とらわれの聴衆」事件判決から導かれる帰結です」というのはミスリーディングです。

(2)岐阜県青少年保護育成条例判決

また、とらわれの聴衆事件判決や最高裁判所昭和59年12月18日判決という、伊藤正己裁判官が補足意見を付している2つの最高裁判決に触れながら、岐阜県青少年保護育成条例判決(最高裁平成元年9月19日判決)に触れていないこともミスリーディングであると見られます。

本件広告のような性的な広告が問題視される背景には、子どもも通りかかるような公共の場に、性的なもの、女性を性的に消費するものを掲示することはよくないという議論もあります。
したがって、青少年保護という視点は避けて通れません。

この点について、平弁護士も名前を挙げる伊藤正己裁判官は、「青少年は、一般的にみて、精神的に未熟であって、右の選別能力を十全には有しておらず、その受ける知識や情報の影響をうけることが大きいとみられるから、成人と同等の知る自由を保障される前提を欠く」とか、「ある表現が受け手として青少年にむけられる場合には、成人に対する表現の規制の場合のように、その制約の憲法適合性について厳格な基準が適用されないものと解するのが相当である」と補足意見の中で述べています(最高裁平成元年9月19日判決。なお、自動販売機における有害図書の販売規制に関する判例です。)。

本noteでは、この補足意見の内容がそのまま正しいとは言いません。
ですが、最高裁判所の補足意見から引くならば、青少年保護のためには表現規制が正当化されやすくなるのです。

とらわれの聴衆事件判決等に触れながら、上記のような判決に触れないことは、ミスリーディングであるように思います。

5 憲法99条のミスリーディング

次に、憲法99条に関するミスリーディングです。

憲法99条は、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と定めています。

そして、本件記事は、「元国会議員であっても、同じ政党の現職の国会議員への影響力や支持者への社会的な影響力の大きさを考慮すると、そして特にこれから政界に復帰される意思があるというのであれば、憲法99条の理念を尊重して発言をすることが「立憲」的であるといえるでしょう。そうではない発言は「非立憲」的であるといえます。」と述べています。

しかし、憲法99条は、公務員の憲法尊重擁護義務を定めた規定です。
国民も憲法尊重擁護義務を負うかという論点はありますが、通説は否定しています。
いうまでもなく「元国会議員」は公務員ではなく私人ですので、憲法99条の適用対象ではありません。
私も、最近、色々な憲法の解説書を当たってみましたが、上記のように書いている解説書は見当たりません。上記は、平弁護士の個人的見解であると見られます。この見解が妥当であるかどうかについては、慎重な検討が必要であると思われます。

このように個人的な見解と思われる内容を、あたかも憲法の入門書等を読めば分かることであるかのように記載するのはミスリーディングです。

6 自主規制に関するミスリーディング

ひとまず最後に、自主規制に関するミスリーディングです。

平弁護士は、原田大樹『自主規制の公法学的研究』(有斐閣/2007年)という書籍を示して、自主規制のデメリットあるいは潜在的危険性、自主規制を設けたり強化する場合に最低限満たすべき許容条件を挙げています。

しかし、公法学(主として憲法学、行政法学)において、「自主規制」というものはこれまでほとんど取り扱われてきていません。私が過去に憲法や行政法を勉強したときに、自主規制について教科書で扱われているものを読んだ記憶はないと思いますし、今回試しに、定評ある概説書である宇賀克也「行政法概説Ⅰ~Ⅲ」の最新版の索引欄を見ても、やはり「自主規制」の項目はありませんでした。
一言でいえば、憲法学や行政法学は、法規制の問題を中心に論じるものであって、自主規制が自主規制である限り正面から検討対象にはならなかったというところではないかと思います。

ただし、自主規制を公法学で検討すること自体は非常に有意義であると思われますが、現状では、一般的に教科書レベルで論じられているような事柄ではなく、専門的に論じる学者もまだ少数であることは、注意が必要です。

しかも、「原田大樹『自主規制の公法学的研究』(有斐閣/2007年)」230頁以下には、平弁護士がデメリット等として挙げるものの前に、自主規制のメリットが挙げられていました。
それによれば、「自主規制のメリットは、命令・監督手法ではできないことができるところにある」として、(a)憲法的限界の克服、(b)規制内容の専門化・個別化、(c)国家の負担軽減の3点を挙げています。
憲法的限界の克服とは、例えば、「とりわけ表現の自由や学問の自由への介入の際には、その文化形成機能や民主制の基礎的要素としての地位に鑑み直接規制が回避され、代わって自主規制が登場する(例:マス・メディアの自主規制)」とされています。この点は重要なのではないでしょうか。
このようなメリットについては一切取り上げず、デメリット等ばかり強調することは、ミスリーディングです

7 おわりに

以上のとおり、本件記事にはミスリーディングなところが多いように見受けられましたので、一弁護士の目からみてミスリーディングと思われる点を挙げさせて頂きました。この他にも、本件広告についてパブリックフォーラム論を用いることについても違和感はありますが、ひとまず置いておきます。

なお、とらわれの聴衆事件判決は、ネット上においては過剰に扱われているように思われる(見たくないものを見ない権利とか、聞きたくないものを聞かない権利が認められないことの根拠として用いられている様子である)ことから、この判例の内容解説といったことも、また機会があれば行いたいと思います。
また、営利広告は憲法21条の「表現の自由」によって保障されるのかという大きな論点もあるのですが、この点も別記事で触れたいと思っています。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

※2022年1月2日、主として「2(3)」、「3」の部分に記載を追加したうえ、誤字脱字等を直しました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?