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【死にたがり】

「はぁ、死にたい」
数えきれないほどの単三電池を替えながら、
だましだまし使っている小学生用教材の付録についてきた
目覚まし時計で朝を迎える。
朝起きての第一声がこれとは、なかなか救いようのない大人である。
いつもと同じように洗面所に向かい、顔を洗って歯を磨く。

新入社員の時は何を着ようかな、
なんて少し悩みながら選んでいたワイシャツも
今では目の前にあるから取る、といった流れ作業に変わった。
くたびれた革靴を履き、家を出る。
たまに捨て忘れていたゴミ袋を取りに戻る。幸い今日は回収日でない。

乗りなれた電車、運よく空いていた席に座る。
同じような格好をした戦士たちが、今日も別の地の戦場に向かう。
「生きているのが面倒くさい、早く人生終わらないかな」などと
考え始めたのはいつ頃からだろう。
《この世界から自らの意思で離脱すると、人様に多大な迷惑がかかる》
というのを無駄に知ってしまうくらいには
大人になってからだったような気がする。
だから惰性で生きている。
人間というのは単純かつ極端ですぐ”生”か”死”かという2択を考えがちだ。

「おはようございます」
『おはようございます!相変わらず暗いですねぇ田中さん!
もっと元気出していきましょうよ!』
そう声をかけてきたのは、
今年入ってきた少しデリカシーのない新入社員の女の子。
教育係として抜擢されてしまい、セクハラで訴えられないか怯える毎日だ。
「小林さんが異常に元気なだけだと思うけど」
『え~そうですか?あ、そんなことより…はい、これどうぞ!』
「何これ」
『この間のお休み、お友達と旅行してきたのでそのお土産です!』
そういって渡されるのは、大体お菓子と相場が決まっているのだが、
よくわかんない人形の置物だった
「…なんで人形?」
『なんか田中さんに似てたので!
 あと一応、幸運を呼ぶ?みたいなやつでした!』
「自分に似てる人形なんていらないんだけど」
『え⁉…言われてみれば確かに。え~どうしよう』
困った姿を見て、僕は全然悪くないのに罪悪感に苛まれる。
「…いいよもらう、ありがとう」
『なんかすみません…見つけたとき田中さんだ!って
テンション上がっちゃって、気づいたら買ってました』
「え?」
『あっちのテーブルに皆さん用のお土産置いておくので、
 後で見てくださいね!あ、そっちは食べ物ですよ!』
そういってパタパタとテーブルに向かっていった。

「目つき悪いなお前」
人形の頭を軽く小突いてみる。
なぜかわからないが、もう少し生きていてもいいかなと思った。

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