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生物が教えてくれる、1000年保証のものづくり

化石って、よく丸い石の中に入っていますよね。こんな風に↓

名古屋大学博物館所蔵

主役の化石ではなく、その周りの「石」に着目し、1000年保証のものづくりを目指す研究者がいます。応用地質学が専門の吉田英一よしだひでかずさん(名古屋大学博物館 館長/環境学研究科 教授)です。

吉田英一よしだひでかずさん(名古屋大学博物館 館長/環境学研究科 教授)

「1000年なんて、地質学的には一瞬ですよ。」

壮大なスケール感とフレンドリーな笑顔のギャップにクラクラしてしまいそうですが…。吉田さんが着目する化石を包む「石」の部分は、「コンクリーション」と呼ばれ、とにかく硬い…金属ハンマーで叩いてもびくともしないほど硬いんです。

その硬さの秘密を解き明かした基礎研究から、それを半永久的に使える建材に応用する研究まで、名古屋大学博物館で開催中の特別展「球状コンクリーションの謎Ⅱ 化石生成プロセスと応用で、贅沢に公開されています。

特別展「球状コンクリーションの謎Ⅱ 化石生成プロセスと応用」の展示エリア
青を基調にした「海」を思わせる空間です(パノラマモードで撮影しています📷)

紹介動画もとてもわかりやすく制作されていて、コンクリーションについてはここでアレコレ解説するまでもありません。

出典:名古屋大学博物館公式Youtube

そこで我々は、コンクリーション研究一筋の背景にある吉田さんの思いや、半永久的に壊れない材料開発にこだわるワケついて、お話を伺いました。進行中の実験についても、特別に少しだけ教えていただきました。

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── 展示のコンクリーション、数も種類も充実していますね。小さいものから大きいものまで。全て博物館で所蔵しているのですか?

ほとんどはそうですね。僕の研究室にもたくさんあるんですよ。コンクリーションは炭素とカルシウムの単純な反応でできます。生物が死ぬとそれが炭素源となって、海水中のカルシウムと反応する。だから小さい生き物だと小さなコンクリーションが、大きい生物だと大きなコンクリーションができます。クジラが一匹まるごと入っているような巨大なコンクリーションもあるんですよ。岩手県男鹿半島の海岸に転がるコンクリーション群は有名ですね。

── 今回の目玉展示の一つ、コンクリーション化材ですが…。海に転がるコンクリーションからは似てもにつきませんね。

吉田さんが化学企業と開発中のコンクリーション化材「コンシード」

コンクリーションの中には、カニなどの海底に生息する生物が形を保ったままきれいに残っているでしょう?このことは、生物が死んで他の生物に捕食される前、つまり死んでから数週間くらいの比較的短い期間でコンクリーション化することを示唆します。そこで実験を通して、これを実証しました。そんなに早くできるなら…と、そのメカニズムを模倣した材料を開発しました。

── 炭素とカルシウムで固まるしくみを再現するんですね!? 液体タイプとパウダータイプがあるようですが…。

液体タイプは、2種類の液材を混ぜると数時間後くらいから固化が始まります。パウダータイプは従来のセメントと混ぜて使うこともできます。

── それを何に使うんですか?

橋やトンネルのように、雨や地下水にさらされる建造物は、ひび割れから水分が入ることが劣化につながるんです。そういうひび割れにコンクリーション化材を注入してやると、ひび割れのすき間を埋めるように固まります。固まった後も、雨水や地下水と接触すると、その周辺がコンクリーション化して半永久的に固まっていきます。

断層をコンクリーション化して、円柱状にサンプリング
「断層って、岩石が破壊された部分なので普通はもろいんです。だから、こんな風に塊として掘り出すなんて、固めない限り難しいんですよ。」(吉田さん)

── コンクリート(セメント)ではだめですか?

コンクリートって、どうして硬くなるか、知ってますか?実は未だにわかっていないんです。だから今も研究され続けているんですけれど…。コンクリートはある程度固まって、その後に雨に打たれたりすると、どんどん変質していくんですね。

── 名前は似ているのに、コンクリーションとコンクリートは何が違うのですか?

「コンクリーションは鉱物」なのでほとんど溶けない、「コンクリートは水和反応物」なので溶けます。僕らが生きる数10年から100年くらいのオーダーであれば、コンクリートでOKという認識のもと、構造物に使っています。でも、コンクリートは産業革命以降の産物なので、1000年以上持つかどうかは誰もわからない。

── 最近、自己再生コンクリートなんかもあるようですが…

そうですね。自己再生コンクリートには微生物を使ったりしている技術がありますが、微生物の寿命は200年くらいと言われているので、1000年後どうするの?と思うわけです。

── 1000年保証の材料に、社会のニーズはあるのですか?

例えば、放射性廃棄物や二酸化炭素の地下貯留は、何千年、何万年という長期間漏れないように閉じ込めてやらないといけないですよね。でも人類が現在持っている技術は、セメントしかない。放射性廃棄物も温暖化も、現代の人類によってもたらした課題であり、すでに存在するものです。しかも、これから何十世代もの将来の世代にその直面した課題を引き継いでいかなければなりません。1000年後、1万年後どうなっていくのか、このような長期の課題は地質学的な時間スケールで考える必要があるんです。

── 現代を生きる私たちが背負うべき責任ですね。パウダータイプはセメントに混ぜるということでしたが、セメント(コンクリート)を補強できるのですか?

そうですね。コンクリートは溶けるといいましたが、溶けるとカルシウムイオンが出るんですね。そのカルシウムイオンをコンクリーション化に使ってあげましょう、という発想です。

── 両方バンザイって感じですね。それにしても、コンクリーションとコンクリートって、全然違うものなんですね。

コンクリートはみんな知っているけれど、コンクリーションは地質学的な専門用語ですよね。コンクリーションを知ってもらうために、最初は混同してもらってもいいかなと思っているんですよ。今回の特別展ではまずコンクリーションに興味を持ってもらいたいとも思うので。

── 寛大です…!ところで、コンクリーション化材の開発では、北海道で実証実験をされているとか。

稚内の少し南の幌延ほろのべという町にある日本原子力研究開発機構の地下施設で、数年間にわたって実験を続けています。実は、先日の実験中、マグニチュード5.4の直下型地震が起きたんですよ。そのとき生じたひび割れにコンクリーション化材を注入したら、数週間〜数ヶ月ほどで修復できましたよ。

── 地震はびっくりですが、思わぬ成果を得られたなんて、オイシイですね〜。それにしても、地道な基礎研究を経て、今は北端の町に出向いて実験の日々…その情熱はどこから湧いてくるのですか?

自然の不思議さを読み解く面白さと、それが社会的なニーズにつながるやりがいを感じますね。僕は原子力研究開発機構に10年ほど勤めていて、地下処分の重要性は早いうちから認識していたし、ライフワークにもなっています。突き詰めると、いかにシーリング(岩石の亀裂などの隙間を閉塞させる)するかというところにたどり着いて、それを自然から学んだものとして、やっとここまで来たという感じですね。

特別展でぜひ探してみてください!
「これなんてきれいだよね〜」と推しのコンクリーションを教えてもらいました。このサイズ感だと重さは50kgほどだそう。私たちの目には、一見普通の石に見えても、吉田さんがみたら「入ってるな」とわかるそうです。

── 取材は短い時間でしたが、何千万年もの時間を越えた旅をしたかのような豊かな気持ちです。吉田さんの世界観を、ぜひ多くの方に感じていただきたいです。

特別展の会期中、トークイベントやワークショップに登壇します。回によって、対面もオンラインもあるので、多くの方に参加していただきたいですね。

── 今日明日のことにソワソワしている自分がとってもちっぽけに思えるような壮大なお話、どうもありがとうございました!

インタビュー・文:丸山恵・飯田綱規(名古屋大学サイエンスコミュニケーター)

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