樹上と地上、どっちがカエル(孵る)?
ユニークな産卵スタイルで知られるモリアオガエル。木の上に泡巣と呼ばれる白い泡をつくり、その中に卵を産みます。
「実は、地面にも同じように泡巣を作って卵を産むんですよ。天敵に狙われやすくなるのに。同じ種で二通りの行動をとるのがとても不思議です。」
そう話すのは、生来のカエル好き大学院生、市岡幸雄さん(生命農学研究科 博士後期課程3年)。
学部4年で始めたモリアオガエルの研究が、アオガエル進化の謎に迫るほど盛り上がりを見せています。インタビューを通じ、市岡さんのモリアオガエルワールドにお連れします。
── 泡の中に卵を産むカエルがいるんですね。しかも水の中ではなく陸上で。どこに生息しているのですか?
モリアオガエルは日本の固有種で、本州全域、基本的に山地にいます。なぜか茨城では発見されていないんですが…。
── 樹上と地上、産卵パターンはどちらが多いですか?
地域によりますね。愛知辺りでは樹上に産むものが多いですが、北の地域や日本海側では地上に産むものが多いところもあるようです。
── 気候が関係するのでしょうか?
その可能性はあります。例えば、カエルの卵って乾燥に弱いんですね。そこで修士のときに、巣の位置と「乾燥」の関係について調べたんです。その結果、地上は樹上より乾燥しにくいことがわかりました。
── 洗濯物をイメージすると、地面においたら乾きにくいのはよくわかります。卵にとってはいいことなんですね。
そう、地上は天敵に狙われやすい一方、乾燥しにくいメリットがあるんです。それで今回は、巣の位置と「温度」の関係に着目したわけです。
── 「フィールド」に出かけるそうですね。どこでどのように調査するのですか?
場所は、豊田市周辺のモリアオガエルの繁殖地です。そこで作られた泡巣10個について、巣の中の温度と孵化率を調べました。
── 「泡巣」というくらいだから、フワフワしているんですよね!? 中の温度をどうやって測るのですか?
泡巣は、作られている最中は泡立てたシャンプーくらいの柔らかさですが、完成すると豆腐くらいの強度のホイップクリーム状になります。見つけた巣を調査しやすい場所に再配置して、巣の中に温度計を差し込んで、データロガーで記録していきます。
── 孵化率は、どのように調べるのですか?もしかしてオタマジャクシの数を数えるとか…?
はい、孵化したオタマジャクシと孵化しなかった卵を数えます。泡巣って、池のような水辺の木の枝や地面に作られるんですよ。だからオタマジャクシは孵化するとすぐに池に落ちるんですね。調査では、泡巣から落ちたオタマジャクシを受け止めて撮影し、後日、画像上で数えました。孵化しなかった卵は実験室に持ち帰って、一つひとつ数えました。
── ちなみに、一つの泡巣にどのくらいの卵を産むのですか?
400個くらいです。9つの巣で孵化率を調べたので、全部で3000〜4000くらいを数えたことになりますね。
── かなりの作業量ではないでしょうか!結果はいかに!?
地上に置いた泡巣の方が、多くのオタマジャクシが孵りました。地上の泡巣は、外気温が低いときに巣の内部が温かく保たれていたんです。モリアオガエルの産卵は春先ですが、調査した森林は山地にあり、朝晩冷えます。寒い時に地上に産むと有利といえます。
── なるほど、だから北の地域や日本海側で地上産卵するモリアオガエルが多いのでしょうか?
今回の結果からその関連性までは言えません。でも最近、アオガエル属の系統樹を示した包括的な論文が発表されたんです。それによると、もともと樹上産卵だったが、ある時期になると地上産卵するものが出てきたと。その時期というのが、中新世後期。地球が寒冷化していた時期なんです。
── おぉ…偶然とは思えません。
その論文では、気候の寒冷化にともない植生が変化し、地上産卵するアオガエルが出てきたと考察していました。でも、気温の変化に適応するためだった可能性もあるんじゃないか…今回の結果をもってそう思います。
── 博士課程はあと1年ですね。今後の研究のゆくえは?
これまで、樹上に産むとどうなるか、地上に産むとどうなるかという視点でやってきました。今後は、どういうときに樹上に産み、どういうときに地上に産むのかを明らかにしたいですね。温度が関係することがわかったので、今後の温暖化にモリアオガエルがどこまで適応できるか、といった点でも貢献できるかもしれません。
── 「泡」に秘められた生存戦略のさらなる解明、期待しています。カエル愛あふれるお話をありがとうございました!
トップ画像:市岡幸雄さん撮影・提供
インタビュー・文:丸山恵
◯関連リンク
プレスリリース「地上のカエルの卵は樹上よりも保温され、孵化に有利 ~地球"寒冷化"時代の産卵戦略を維持?~」
論文(2024/3/5 イギリス科学誌『Ecology and Evolution』に掲載)
森林保護学研究室(生命農学研究科)
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