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赤い光も青い光も大事!植物の気孔開口に関わるしくみを解明!

今回は、ITbMアイティービーエムのイチオシの植物の気孔についての研究成果を紹介します。

ITbMとは
名古屋大学にあり、化学と生物学の融合研究を行う研究拠点です。世界屈指の分子合成力を推進力とし、世界を変える新しい分子を発見し活用する研究をおこなっています。その名をトランスフォーマティブ生命分子研究所、英語名(Institute of Transformative Bio-Molecules)の頭文字をとってITbMといいます。

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植物の体の表面にある気孔は、孔辺細胞とよばれる1対のゼリービーンズのような形をした細胞からなり、まるでヒトの唇のような形をしています。

その間の小さな孔を開閉することで、植物は二酸化炭素や酸素などのガス交換や水分調節をおこなっています。まさに、気孔は、植物の成長と生存に必須な細胞器官といえます(図1)。

図1葉の構造と気孔の役割

その気孔は、太陽の光に応答して開きます。名古屋大学の研究グループはこれまでに、青い光が当たるとどのようにして気孔が開くのか、そのしくみを調べてきました。孔辺細胞の中には、フォトトロピンという光受容体タンパク質があります。そこに青い光が当たると、光受容体からシグナルが細胞内を伝わり、細胞膜プロトンポンプという車のエンジンのような働きをするタンパク質のアミノ酸が変化します。プロトンポンプはたくさんのアミノ酸できていて、そのうちの948番目のアミノ酸がリン酸化することで、ポンプが活性化して気孔が開くのです(図2)。

気孔が開くには、シグナルとして作用する青い光だけでは足りず、光合成を誘導する赤い光の照射も必要とされています。しかし、赤い光が当たるとどうなるのか、その詳細はわかっていませんでした。

研究をおこなった|林 優紀《はやしゆうき》さん(理学研究科 助教)に、光の色と気孔の開閉について聞いてみましょう。

林 優紀はやしゆうきさん(理学研究科 助教)
図2細胞膜プロトンポンプの活性化の仕組み

気孔に当てる光の種類を変えて詳しく観察すると、青い光と赤い光の両方を当てた方がより大きく開きます(図3)。これまで、赤い光が当たると葉の内側の葉肉細胞の葉緑体で光合成が行われることで、孔辺細胞にシグナルが伝わって気孔が開くとされていましたが、もしかしたら、表皮にある孔辺細胞にも赤色光が直接働いているのでは?と思い、孔辺細胞を取り出して詳しく調べることにしました(林さん)。

図3光の種類と気孔の開き具合

研究グループは、マメ科のソラマメを用いて、その孔辺細胞だけをたくさん取り出して光を当て、細胞膜プロトンポンプのタンパク質のリン酸化を網羅的に調べました。

── 林さん、植物の実験ではモデル生物のシロイヌナズナがよく使われると思うのですが、なぜソラマメを用いたのですか?
 
ソラマメを使うと、効率よく孔辺細胞を取り出すことができるからです。ソラマメはシロイヌナズナに比べ、葉が大きく一つの葉にたくさんの気孔があります。孔辺細胞を取り出すには、葉の表面にある表皮組織だけを剥がさないといけないのですが、ソラマメはピンセットで簡単に表皮組織を剥がせるという特徴があったのです。まさにソラマメはこの実験にぴったりの材料でした。しかし剥がしとった表皮組織のシートは細胞どうしがくっついているので、そのままでは孔辺細胞を取り出すことはできません。そこで、剥がしとった表皮組織のシートにセルラーゼなどの酵素をかけて細胞壁を取り除き細胞をポロポロと一個ずつにしたプロトプラスト(原型体)にしました。そして、その中から孔辺細胞だけをメッシュでふるいにかけて拾ってきました(図4)。

── 気の遠くなるような作業ですね。その集めた細胞を用いて、赤色光や青色を当てて細胞膜プロトンポンプなど孔辺細胞内のタンパク質のリン酸化を網羅的に調べたのですね。

はい、1回の実験におよそ200万個の孔辺細胞を使います。その孔辺細胞でとにかく片っ端からリン酸化されるアミノ酸の部位を調べてみようと思いました。その結果、赤い光を当てると、細胞膜プロトンポンプの881番目のアミノ酸がリン酸化されることがわかりました。赤い光では、青い光とは別の場所のアミノ酸がリン酸化されていたのです。また、赤い光を当てた後に、青い光を当てると、948番目と881番目の両方のアミノ酸がリン酸化されていることもわかりました。まさか孔辺細胞で本当におこっているとは思わなかったので驚きました。

図4ソラマメの孔辺細胞プロトプラストの様子

次に研究グループは、研究材料をシロイヌナズナに変えて詳しく調べました。

── なぜ材料をシロイヌナズナに変える必要があったのですか?
 
シロイヌナズナは変異体が多数あり、遺伝子組み換えも簡単にできるので遺伝子の働きを調べるのに適しています。まず、プロトンポンプの主要な遺伝子の一つの機能を失わせた変異体を用いました。この変異体は赤色光や青色光を当てても気孔はわずかしか開きません。その変異体にさらに遺伝子組み換えをして、881番目のアミノ酸をリン酸化できないようにしたポンプを導入した形質転換植物を作り、それらを用いて比較しました。その結果、形質転換植物は変異体よりは高いものの、野生株に比べて気孔の開き度合いやガス交換効率が40%くらい低くなっていることがわかりました(図5)。つまり、881番目のアミノ酸のリン酸化が気孔の開口に必要であることが明らかになったのです。この実験では、すんなりと結果が出ず何度も挫けそうになりました。諦めず粘り強く実験を進めて、結果が出た時はうれしかったです。

図5シロイヌナズナの形質転換植物の気孔開度とガス交換効率

研究をまとめると、孔辺細胞の細胞膜プロトンポンプは、赤色光と青色光による881番目のアミノ酸のリン酸化も伴うことによって活性化され、光による気孔開口の駆動力を生み出していることが明らかとなりました(図6)。異なる波長の光が異なるアミノ酸のリン酸化を起こすことで、細胞膜プロトンポンプを精密に制御していることは興味深いです。

図6研究のまとめ

881番目のアミノ酸のリン酸化は、孔辺細胞のみならず葉や芽生えでもみられることから、今回みつかったリン酸化を介した活性調節機構は、植物体全体で共通のものと考えられます。 

細胞膜プロトンポンプは、細胞伸長、根における養分取込み、師管への光合成産物の積込み、花粉管伸長など、様々な生理現象に関わることが知られています。

本研究で明らかとなった細胞膜プロトンポンプの活性調節しくみをもとにして、今後、改変型プロトンポンプを用いた植物改変などの利用が期待されます。

インタビュー・文:三宅恵子(ITbM リサーチプロモーションディビジョン)

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