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繁殖成功に必要なのは、交尾中の〇〇をキープすることだった

「なかなかいないと思うんですけど、僕、ハエの交尾のイラスト描けるんです。」

そう言って、なかなかお目にかかることのできないイラスト(トップ画像)を見せてくれたのは、山ノ内勇斗やまのうちはやとさん(大学院理学研究科修士2年)。キイロショウジョウバエというハエの一種を使って、交尾にまつわる神経回路を研究している大学院生です。

山ノ内勇斗やまのうちはやとさん
(大学院理学研究科理学専攻生命理学領域 修士2年)

1ヶ月しか生きないのに1回の交尾に20分も費やすキイロショウジョウバエ。不可欠とはいえ非効率すぎる交尾行動の不思議に魅せられ、取り組んだ研究で、交尾中の姿勢を維持することが繁殖の成功に関与していることを発見しました

交尾行動は非効率でも、実験ではAIを駆使して”効率化した”という研究について、詳しく聞きました。↓の再生ボタンから、山ノ内さんの声でお聞きください♪

<インタビュー概要>
── ハエの「交尾姿勢」の研究、なかなかレアなテーマですね。

確かに、あまり馴染みないかもしれませんが、昆虫は多様な交尾姿勢を取ることが知られているんです。向き合って交尾する虫もいれば、オスがメスの背中に乗っかるものや、メスがオスに乗っかるものもいるんですよ。

── 今回の研究では、交尾姿勢と繁殖の関係に着目されていますね。

交尾姿勢と繁殖成功の関係性についてはほとんど報告がありません。そこで、交尾姿勢を維持できなければ、繁殖が成功しないことを示したのが今回の成果です。

── 「機械刺激」が重要ワードとして登場しますが、生物なのに機械…?

機械刺激は、触ったときに触っているなという感覚、つねった時に痛いという感覚です。手で皮膚を触ると、触っている間ずっと”触っているな”という感覚が残りますよね。ハエにも、そのような機械刺激を受け取る仕組みがあります。交尾中のハエは、オスがメスを足などで触っているのですが、姿勢が乱れてしまったときには「あれ、なんかおかしいぞ…、姿勢を戻そう!」とする仕組みがあるのではないかと考えています。

── そして、Piezoピエゾという遺伝子に着目されましたね。

Piezoピエゾ遺伝子は、ショウジョウバエでは機械刺激を受け取るチャネル(ルート)を作る遺伝子です。ハエの交尾を観察するなかで、「オスがメスを触ってる感覚が重要なんじゃないか」「オスがメスと接触してる部分から何らかの情報を受け取っているんじゃないか」と思ったのがきっかけで、機械刺激を受け取るPiezoピエゾ遺伝子に着目しました。この遺伝子は植物や動物にもあって、人間の触覚もPiezoピエゾ遺伝子が関わっているといわれています。ちなみに、Piezoピエゾという名前は、圧力を電気信号に変えるPiezoピエゾ素子に由来するそうです。

── どのように実験されたのですか?

遺伝子をノックアウトする方法を使いました。Piezoピエゾ遺伝子をDNAの中からなくしてしまうイメージです。そのようなハエに交尾をさせてみてどうなるかを見ました。

── どうなるかを見る、とは具体的に?

今回のような神経回路の研究では、神経活動を活性化したり抑制したりする手法を使います。光遺伝学ひかりいでんがくはその代表的な手法です。生物に人工遺伝子を発現させて、その生物に光を当てることで特定の神経細胞の活性をコントロールします。今回の研究では、交尾中に光を当てて、特定の神経細胞を交尾中だけ活性化させたり抑制したりしました。

── 観察では、機械学習を使った検出システムを使ったそうですね。

はい、交尾したのをリアルタイムで判断するシステムを、機械学習を使って作りました。光を当てるのに、交尾するまで待って、交尾したら光をつけて…となると、結構大変です。1回の実験で1時間ほど張り付く必要があるので、例えば30回実験するとなるとかなりの時間がかかってしまう。だったらその実験システムを自動化してしまえと考えました。

── 映像を解析するというイメージですね。山ノ内さんはもともと機械学習の知識をお持ちだったのですか。

いえ、この実験をやろうと決まってから自分でかなり勉強しました。おかげで1年くらいかかる実験が、3ヶ月程度で終わりました!

── Piezoピエゾ遺伝子は、植物や人間にもあるということでしたが、今回の成果が意味することは…?

はい、ショウジョウバエだけではなく、生物の交尾の理解につながると考えています。絶滅しそうな生物の交尾・繁殖行動を理解できれば、絶滅を防ぎ、生物多様性の保全につながるかもしれません。人間の繁殖に関しても、今ある問題の解決につながるかもしれません。

── 山ノ内さんが、交尾行動や繁殖といった分野に興味を持ったきっかけは?

そもそも生物がなぜ交尾するのか、気になっています。交尾って、生物の行動の中でも非効率な行動だと思うんです。というのも、交尾には結構時間がかかる…。単に配偶子を受け渡すだけなら、プレゼントを渡すようにスッと渡した方が、天敵がいる環境下でも生存率は高まるはずです。でも時間をかけて交尾して繁殖することが、生物にとって重要なわけです。だから、そもそも交尾行動って何だろう、すごい気になる!と思ったのが、この分野に興味を持ったきっかけです。

── 実際に何年か研究をされて、なぜ交尾に時間をかけるか、答えにつながるものは見えてきましたか?

いや、むしろ謎が深まるばかりです。ショウジョウバエの交尾って、1〜2秒ぐらいですぐ終わるって思いませんか?でも実は20分も継続するんですよ。寿命1ヶ月で、3日で大人になるのに、交尾には20分も費やす。しかも一生で複数回交尾をするんです。その長い時間を交尾に使うのがすごく不思議です。

── 今回は交尾姿勢の維持に関する研究でしたが、今は別のテーマを研究されているとか…

はい、交尾のときに起こる神経メカニズム全貌の解明を目指していきたくて。ハエの求愛から交尾に変わるメカニズムや、そもそも交尾という状態がどのような神経回路で成り立っているかを解明する研究に取り組んでいます。

── 大きなテーマですね!

研究というと堅苦しいイメージがあるかもしれません。でも、生物の交尾行動のような基礎研究は、何かに直接つながらなくても、生物の根本理解につながるようなシンプルな疑問に取り組めます。自分が疑問に思ったことを突き詰めていく過程を楽しむことができるので、ぜひ皆さん科学というものに興味を持ってほしいと思います。

── 毎日試行錯誤を楽しみながら研究されている山ノ内さんが目に浮かびます。今日はありがとうございました!

トップ画像内イラスト:山ノ内勇斗さん
インタビュー・執筆:丸山恵

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