レーザーの新たなミッション「宇宙ゴミを大気圏再突入させよ!」
2023年9月25日の名大カフェに来てくれたみなさんに聞きました。
「宇宙ゴミ」のイメージは?
放っておいたらやばそう……みなさんが感じているように、宇宙ゴミ問題は深刻な社会課題です。これに「レーザー」で切り込む産学共同プロジェクトが進行中です。
佐宗章弘さん(名古屋大学 大学院工学研究科 教授・副総長)は、航空宇宙工学のスペシャリストとしてこのプロジェクトに参加しています。佐宗さんをゲストに迎え、宇宙ゴミ問題や回収技術の今を伺った第96回名大カフェ「レーザーの新たなミッション 宇宙ゴミを大気圏再突入させよ」をレポートします。
↓会場でのトークの一部を、ポッドキャストでもお届けしています♪
宇宙ゴミとは?
髙橋:宇宙ゴミって、スペースデブリと言われたりもしますよね。
佐宗:「ゴミ」というと生ゴミのように臭いものを想像されるかもしれませんが、デブリ(debris)が意味する「破片」の方が近いですね。宇宙空間で制御できなくなった人工物です。
髙橋:今、宇宙ゴミはどのくらいあるんですか?
佐宗:直径10cm以上の宇宙ゴミはカタログ化されていて、36,000以上*もあると発表されているんですよ(*2023年9月時点)。
髙橋:ゴミがカタログになってるなんて、ちょっとおもしろいですね!宇宙ゴミは宇宙のどのあたりにあるんですか?
佐宗:大きく二通りあって、一つは地上2,000km以下の低軌道で常にぐるぐる回っているもの。もう一つは地上約36,000kmの静止軌道で、地球から見ると止まって見えるものですね。例えば気象衛星や観測衛星なんかが使えなくなっちゃったらもうゴミなんですよ。
髙橋:散り散りになっている破片だけじゃなくて、運用が終わった人工衛星も宇宙ゴミなんですね。
佐宗:そうですね。しかも、運用終了した人工衛星がぶつかったりすると破片が増えるんです。
宇宙ゴミがなぜ問題?
髙橋:実際、人工衛星同士がぶつかったりするんですか?
佐宗:時々ありますね。すごく大きな問題になりますよ。日本の衛星ではそのような例は過去にないですけれど。
髙橋:佐宗さんは、低軌道の宇宙ゴミにフォーカスされているということですが、なにか理由があるんでしょうか?
佐宗:宇宙ゴミの一番の問題は、人類が宇宙活動をするときにそれに当たって怪我をしたり、命を落としたりすることです。その意味で、まず国際宇宙ステーションがある地上400kmくらいの宇宙を対象にしています。
髙橋:国際宇宙ステーションに宇宙ゴミが衝突するリスクもあるんですか!?
佐宗:国際宇宙ステーションが軌道を変える事態は、年に数回起きているようです。日本で開発されたスペースフライヤーユニット(SFU)という宇宙実験・観測システムの調査では、回収したSFUに穴がポコスカ開いていたとか。
髙橋:でも、宇宙ゴミはカタログになっていて、どこにあるかがわかっているんですよね?
佐宗:直径10cmを超えるものはわかっているので避けられるんです。1cm以下の宇宙ゴミも、衛星の壁の構造がしっかりしているので穴を開けることはありません。問題は1〜10cmの宇宙ゴミですね。
髙橋:なるほど、見つからないし、避けられない…。かなり危ない状況ってことですね。
佐宗:宇宙ステーションに穴が開いたことはまだないんですけど、近々人類が宇宙に出ていくとなると無視できないですね。地上のゴミとは違って「減らない」から。
髙橋:腐らないし…。
宇宙ゴミ対策の今
髙橋:宇宙ゴミ対策って、今どんなことがされているんですか?宇宙ゴミを回収しに行くイメージですか?
佐宗:一番大事なのは、「ゴミを出さない」こと。そして、どこにどれくらいあるか「観測して把握する」こと。さらに「減らす」ことですね。
髙橋:登山の心得みたいですね。
佐宗:でも山のゴミ拾いよりずっと難しいんです。宇宙で一つ一つゴミ拾いしようとすると、ものすごい燃料が必要で。例えば宇宙ゴミ回収の衛星を打ち上げるとして、打ち上げ用のロケットの重さの9割は燃料なんですよ。
髙橋:うわぁ、効率悪いんですね。
佐宗:大きな衛星の回収は、テザーという紐のようなものを使って取りに行くことも検討されています。でも衛星の打ち上げって年に数回しかできないのに、何万もある宇宙ゴミを全部回収しようなんて、とてもじゃないけどできないですよね。
レーザーで宇宙ゴミ回収…!?
佐宗:そこで、スカパーJSAT株式会社さんと共同で、全く新しい切り口の宇宙ゴミ回収プロジェクトを進めているんです。
出典:スカパーJSAT株式会社
髙橋:スカパーさんといえば衛星放送ですよね。宇宙ゴミ回収の研究とどんな繋がりが?
佐宗:彼らの仕事場である宇宙の環境を良くするってこともあると思います。宇宙美化に貢献したいという意識も高いんですね。私が宇宙ゴミ関連の研究を始めたのは20年ほど前ですが、研究の過程で自然に繋がった感じですね。
髙橋:レーザーを使うと聞きました。レーザーで宇宙ゴミを破壊するってことですか?
佐宗:ではなくて、レーザーの強い光を宇宙ゴミの表面に照射して、減速させるんです。10ナノ秒(10の1億分の1秒)という短時間の照射で、宇宙ゴミの表面は沸騰するように熱くなってジェットを出すんです。
髙橋:そのジェットが反対向きに出るから減速するんですね…?
佐宗:そうですね。例えば国際宇宙ステーションくらいの低軌道だと、秒速8kmでぐるぐる回っているんですが、毎秒100mくらい減速させると、30年くらいで大気圏に再突入します。地球には害のないレベルで、燃え尽きるというわけです。
髙橋:なるほど。秒速0kmにする必要はないんですね。地球が常に衛星を引っ張っているから、ちょっとだけ遅らせればいいと。30年というのは何か基準があるのですか?
佐宗:これから打ち上げる衛星は、運用が終わったら30年以内に大気圏に落とさなければならないという国際ルールが作られつつありますね。
参加者:30年という数字はまどろっこしいですね。2〜3年くらいにしないのはなぜですか?
佐宗:早いに越したことはないんですが、それにはエネルギーとコストがかかるんですね。今の宇宙空間の大きさや漂う宇宙ゴミの数を考えると、30年なら過度にコストをかけず安全も保てるということでしょうか。
3年後に実証実験
髙橋:レーザーで宇宙ゴミを回収するスカパーさんとのプロジェクトは、やっぱりレーザーの出力が肝になりますか?
佐宗:そうですね。そこそこ軽量でパワーがあるレーザーが必要です。レーザー開発は、プロジェクトに参加する理化学研究所が主導しています。
髙橋:開発は今どのあたりまで進んでいますか?
佐宗:宇宙空間での実証実験を2026年に予定しています。宇宙空間に衛星を置いて、回転を止めるところから始めるつもりです。先ほどのプロペラの実験を宇宙空間でやるイメージですね。
髙橋:レーザーは、地上からあてるのですか?
佐宗:低軌道にレーザーを出す衛星を打ち上げて、そこからあてようという計画です。
髙橋:専用の衛星からなんですか?狙ったところにあてるのも難しそう〜。
佐宗:やはり技術が必要ですね。回転を止めるとなると、回っているものに当てないといけないので。ただ、レーザーの開発ほど高度な技術ではないですね。
髙橋:なるほど〜、回収って難しいんですね。例えば海で溶けるプラスチック素材なんかもありますけど、宇宙だと難しいですよね。
佐宗:蒸発するような素材があればいいですけどね。可能性としては、レーザーでジェットが出やすいような物質を衛星の壁のどこかに貼っておくとかね。レーザーがものすごく普及してくればそういうこともあり得るかもしれません。
髙橋:先ほどテザーを使う構想もあるとのことでしたが、宇宙ゴミ回収のトレンドはどんな感じですか?
佐宗:今は、テザーのように物理的に取りに行く動きが主流ですね。レーザーの構想は昔からあるんですけど、実はまだ本当にできるのか疑問視する方も多い段階なんですよ。
髙橋:でも物理的に取りに行くとなると燃料の問題もあるんですよね…。
佐宗:だからこれからは、回収するか落とすかしていかないといけないんですね。
参加者:大気圏で宇宙ゴミを燃やすそうですが、月の周りで発生した宇宙ゴミの行き先はどうなりますか?大気のない月に活動拠点を置くことが現実の話になりつつあるので、心配になりました。
佐宗:まだそこまで対策は考えられていないと思います。月の重力や表面積は地球に比べ小さいとはいえ、月に大気がないことを考えると深刻な問題ですね。今後、人間が月に進出するにあたって、学会なんかでも議論を起こす必要がありますね。
高校生以下の若いみなさんが半数を占めた第96回名大カフェは、この後も佐宗さんを囲んだ対話タイムが続きました。宇宙ゴミ問題の本質から回収技術の最前線まで、これからを生きる地球人にとって切っても切り離せない今回のテーマ。集まった方それぞれが自分ごととして考える時間となりました。
2026年の実証実験、楽しみですね。
報告:丸山恵
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