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作物の生きるチカラを引き出すバイオスティミュラント誕生

バイオスティミュラント── 直訳すると生物刺激剤。植物や土の中の微生物を活性化し、より元気な作物を育てようとするもので、農薬ではありません。農業分野の最新テクノロジーとして、世界で注目を集めています。

「収量を上げる品種改良などが注目されがちですが、現場の一番の課題は作物の病気なんです。」

そう話すのは、植物病理学が専門の竹本 大吾たけもと だいごさん(生命農学研究科 教授)。

竹本 大吾たけもと だいごさん(生命農学研究科 教授)

ひと度病気が発生すると、農場全体が枯れてしまうケースが世界中で報告されています。農業生産のネガティブな側面をカバーし、生産量アップを目指すバイオスティミュラントの開発に携わる竹本さんにお話を訊きました。

ポッドキャストでインタビューのダイジェストをお届けしています。

── 「バイオスティミュラント」が注目されているんですね。農薬とはどう違うのですか?

バイオスティミュラントって、人間にとっての漢方薬とかトクホ(特定保健用食品)みたいなものかなと思います。薬で治すのではなく、体が本来持っている機能を高めてあげるようなイメージですね。

── 竹本さん達が共同開発されたバイオスティミュラントは、どんな効果があるのですか?

植物が本来持っている免疫力を高めて病気を防いだり、成長を促進する効果を、キュウリやトマトで確認しています。

うどんこ病に感染したキュウリの葉(画像は竹本さん提供)

葉に白い粉のような菌がつく「うどんこ病」という病気があります。キュウリに頻発する病気です。開発したバイオスティミュラントを使って育てた方は黄色くなっていますよね。これは、菌を増やさないように細胞が死ぬ免疫反応が起こっているんです。

成長も良くなるんですが、特に発芽後すぐの根が育つときにこのバイオスティミュラントを使うと、栄養吸収の効率が上がって大きく育ちます。

竹本さんのラボで栽培されているキュウリの苗。バイオスティミュラントを使って育てた方(右側の箱)が、葉が大きい。

── 農薬でも化学肥料でもないということですが…どんな性状で、どう使うのですか?

今回開発したバイオスティミュラントは液体です。オリゴ糖3種類が混ざっているだけの単純な液体なんですよ。1000倍に薄めて、植物にスプレーします。

── オリゴ糖はトクホにもなっていますよね。人に対してもよいイメージがありますが、どんなメカニズムで植物の免疫を高めたり、成長を促進するのですか?

植物は、病原菌が入ってきたときには免疫力を上げようとするし、傷ついたときには傷を修復しようとするんですね。その反応を利用します。

── オリゴ糖とどんな関係が…?

植物が「外界の情報をどのように認識しているか」がポイントになります。植物は細胞の表面に、センサーみたいなタンパク質を何百種類も持っています。例えば病原菌がやってきた時は、そのセンサータンパク質が「病原菌特有のオリゴ糖」を感知して、その菌を撃退するような抗菌物質をつくるなど免疫を働かせます。傷ついた時は、「傷ついたときに出るオリゴ糖」を感知して傷を直そうと成長を促進させます。

竹本さんたちグループは、病原菌特有のオリゴ糖として「キチンオリゴ糖」、植物が傷ついた時に出るオリゴ糖として「セロオリゴ糖」と「キシロオリゴ糖」に着目。植物がこれらのオリゴ糖を認識すると免疫が高まり、成長が促進する反応をバイオスティミュラント開発に応用した。

── センサータンパク質が、オリゴ糖を通じて外界の情報をキャッチしているんですね。

そうです。その性質を利用するんです。つまり、実際には病原菌が来ていなくても、傷がついていなくても、それを意味するオリゴ糖を植物にかけると、センサータンパク質が「病原菌が来たぞ!傷ついちゃったぞ!」と錯覚します。その結果、免疫や成長を高めるんですね。

── 免疫も成長もアップとは、欲張りです…!

実はキチンについては、植物の免疫を高めることは以前から知られていて、これを応用した「病気から守る農業資材」の開発や販売がすでに行われていました。でも、免疫だけを上げすぎると、そちらにエネルギーが取られてしまい、成長が悪くなってしまうリスクがあります。こういった背景があるので、免疫も成長もアップできたことは大きなポイントです。

── 良いことづくめですが、その余波はどこへ…?

そこ不思議ですよね。はっきりとしたことはまだわからないのですが、無理して大きく育っているのではなく、発芽直後に根をぐんと成長させて、効率よく栄養吸収できるようになって、免疫力アップを支えているんじゃないかと考えています。

── バイオマスの活用もアピールポイントにされていますね。

はい。このバイオスティミュラントは、カニやエビの殻、綿やトウモロコシの芯など、廃棄してしまうような天然物が材料です。これらをうまく加工してオリゴ糖の成分を取るプロセスは、北海道大学の研究グループが担当しました。自然界のものだから、撒きすぎて害になることも考えにくいです。

材料となる天然素材に含まれる多糖は、糖がたくさんつながった状態。それぞれの素材の多糖を、糖が3〜6個だけつながったオリゴ糖に変換し、バイオスティミュラントに応用した(プレスリリースの画像を一部加工)。

── 普及についてはどのようにお考えですか?

日本で広く普及させるためには少し工夫が必要かもしれません。今、農業の現場では、農薬や化学肥料によって、作物の栽培が上手にコントロールされています。バイオスティミュラントに比べたら、圧倒的に効き目がいいんです、やはり。農家の方々にとっては、今の状況を変えるのは負担もリスクもありますよね。でも、海外ではもう少し普及しやすいかもしれません。日本のように農薬や化学肥料で管理されていない場合、効果が大きくなります。伸びしろが大きいというか…。今回の研究で栽培や実験を担当したカンボジア出身のスレイニッチさんも、「自分の国で使ってみたい」と言っているんですよ。

左:Sreynich Pring スレイニッチ プリングさん(生命農学研究科 大学院生)と、右:竹本さん
”ニッチさん”と親しまれるカンボジア出身のスレイニッチさん。植物病理を専門に研究生活を送る中、バイオスティミュラントを使った植物の栽培や実験を担当。

── 環境への負荷が小さいことを考えると、日本でも使われるようになってほしいと思います。

そうですね。ルールづくりが重要になると思いますね。例えばヨーロッパ圏では、バイオスティミュラントの規格化や法制化について活発に議論されています。日本でも、日本バイオスティミュラント協議会という団体が議論を呼びかけています。でも、農薬に比べて規格化が難しいんです。バイオスティミュラントは効果を数値化しにくく、「これを使えば菌が◯%減ります」のように言えない。気候などで効き目が変わることもあり得ます。

── ルールづくりに加え、導入する農家さんに助成を行うなど、バイオスティミュラントへの関心や認知度が高まっていくといいなと思います。ところで、竹本さんのご研究が「2023年農業技術10大ニュース」に選ばれたそうですね…!

はい、あれは今日の話と全然違って病原菌の研究なんです。植物が病原菌を撃退する仕組みを発達させている一方で、病原菌も植物を倒すためのいろいろなメカニズムを持っています。植物を研究するときは植物の気持ちで、病原菌を研究するときは病原菌の気持ちでやっていて、なかなか面白くやりがいがありますね。私みたいに両方取り組む人はかなり稀だと思います。

── 両方の気持ちになれるからわかることもひらめくこともありそうです。基礎研究を産学連携につなげ、商品開発まで実現されたことも、竹本さんが広い視野で研究に取り組まれているからではないかと思いました。今日は将来への希望あるお話をありがとうございました。

竹本さんの授業を受けたい!みなさんへ
「全学部の1年生が対象の『基礎セミナー』で、身近な微生物(食べ残しから生えるカビなど!)を分離して観察する授業を担当しています。文系の学生さんも受講できる授業で、分野の枠を超えて一緒に学べるのが楽しいですね。農学部の授業では、2年生の『分類形態学』と『微生物学』、3年生の『植物病理学』と『植物保護学』を担当しています。植物が専門の教員と、微生物や昆虫を含む動物が専門の教員たちで分担して、幅広い視点で授業を行なっています。バイオスティミュラントについても触れますよ。」

インタビュー・文:丸山恵

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