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〇〇すると黒く見えるインク、どう使う?

「ちょっと変わった緑色の粒子を作りました。」

竹岡敬和たけおかゆきかずさん(工学研究科 准教授)が見せてくれた、29 ✕ 29のマス目の画像です。開発した緑の粒子で塗られているのでしょうか…。ちなみに、1マスは2.8mm ✕ 2.8mmというサイズ感。明るいマスと暗いマスがあります。ここに、誰もがよく知っている模様が描かれているそうです。

が、よ〜く目を凝らしても、模様は浮かび上がってきません…よね?

ところが、円偏光えんへんこうフィルターという特定の向きの光だけを通すフィルター越しに見ると…

おぉ…!見えました。
QRコードです。スマホでもちゃんと読めますね。

竹岡さんたち研究グループが開発したのは、この黒い部分に使われている直径数μmマイクロメートルの粒子。「コレステリック液晶粒子」といいます。ポイントはそのサイズ。これまで報告されている同様の粒子の約1/100の「小ささ」を実現したとのことですが…、なぜ小さいことが大事なのでしょうか!?

竹岡さんに伺いました。

竹岡敬和たけおかゆきかずさん(工学研究科 准教授)
ラボにお邪魔し、”見ないとわからない”世界をたくさん見せていただきました。

お手本は、コガネムシ

この新粒子、コガネムシの色の仕組みがヒントになっています。なんと、コガネムシも、円偏光フィルターを通すと、緑が黒になるのです。

普通に見たコガネムシ(左)と円偏光フィルターを通して見たコガネムシ(右)

実は、コガネムシの宝石のような緑色は、コガネムシそのものが持つ緑色ではありません。コガネムシの微細構造の相互作用がつくる「構造色」です。その微細構造の正体が、コレステリック液晶です。

コレステリック液晶とは
液晶とは、固体のように結晶構造を持つ液体のこと。コレステリック液晶は、結晶を形作る分子の配置が特徴的な液晶で、隣り合う分子が少しずつずれることで、らせん状の並びをつくる。電子ペーパー(何度でも書き換えでき、省電力で軽くて薄いディスプレイ)などに応用されている。

「私たちが見ている光は、基本的に、右に巻いているような光と左に巻いているような光が合わさっているんです。そのうち、コガネムシの羽や体は右巻きの光だけを反射しています。だから、左巻きの光だけしか通さない円偏光フィルターをかざすと、黒く見えるんですよ。」

コガネムシの表面を拡大すると、数マイクロメートルの粒子がびっしり。

コガネムシの羽を顕微鏡で見ると…

「この一粒ひとつぶがコレステリック液晶の構造をもっています。しかも球状なので、『見る角度によって色の見え方が変わる』ということが起こりにくいんですね。このおもしろい粒子を、手に入りやすい高分子を使って実験室で再現しました。」

見方によって色が現れたり黒くなったりするこの不思議な粒子。竹岡さんは印刷物のセキュリティ強化に使えるのではないかと考えています。上のQRコードのように、一見何もないように見せられる性質を活用するものです。粒子のサイズを、プリンターのインク顔料の粒子サイズほどに小さくしたことが、応用の幅を広げる上で重要なのです。

コガネムシの粒子を再現する…その魅力は?

「人間が見ている色の世界は、化学構造に基づく色素によるものがほとんどです。でも生物は、そういった色素に加え、物理的な微細構造に基づく構造色も合わせて使っているんですよ。まずそこが不思議でした。」

青い鳥の羽は構造色の青
©birdiegal/Adobe Stock

もともと「ゲル」をテーマに研究人生をスタートした竹岡さんは、色素ではなく材料自体の微細構造で発色する「構造発色性ゲル」の研究者。色素の中には、重金属や毒性物質を含むものもあります。その毒性は、化学構造によることが多いので、「どんな化学構造でどんな色を出すか」より、「安全な材料を微細加工してどんな色でも出したい」というモチベーションで研究を続けてきたといいます。

「あるとき、微粒子を使う研究でたくさんの微粒子を溶かしたんです。そしたら微粒子が液体の中で並んで、色が見え始めたんですよ。構造色との初めての出会いでした。構造色もいろいろな色を示せるし、現に生き物も使っています。毒性が懸念される色素ではなく、構造色を色材として使えるんじゃないかと思いました。」

構造色を持つ虫たち(竹岡さんの数あるコレクションのごく一部…!)
次に竹岡さんが作りたい色は、上段左の「金色」。

色材のミライ

構造色を活用し、安全な素材で色材をつくるという発想は、SDGsにも合致します。人間の世界の色材が、構造色に基づくものに置き換わる日は訪れるのでしょうか?30年後、50年後の色の世界はどうなっているでしょう?

構造色のチョークで黒板に描いたイラスト
チョークの材料は、ガラスなどに使われるシリカの粒子。色素は使わず、シリカ粒子の大きさを変えることで、色の違いを出している。白いチョークから色が現れるのはマジックを見ているよう。

「いまあるモノが新しいモノに置きかわるかどうかは、そのモノを使う必要があるかどうかだと思うんですよね。質がいいから、もっと安いから、環境への負荷が少ないから…。そういう要素が合わさって決まるんじゃないですかね。」

ただ、今回開発した粒子の技術的な面だけを見れば、今世の中で使われている顔料に置きかわる可能性もゼロではないようです(顔料とは「塗る」色材のこと。ペンキやインクジェットプリンター用インクなど)。

もし、プリンターのインクが構造色のインクに置き換わったら…?

「構造色は、『光の三原色』による発色なので、印刷用紙のように白い背景だと全部反射して色が見えなくなってしまいます。テレビやスマホの液晶画面のように、黒い背景の方が好ましいです。そこで、我々のラボでは、「構造色の顔料に黒い粉を少し導入することで、白い背景でも構造色を発色させる」ことにも成功しているんですよ。」

竹岡さんの話を聞いていると、日常に構造色がありふれる世界が、本当にすぐそこまで来ているような気がしてしまいます。生き物たちのように人間も構造色を使いこなす未来、みなさんもちょっと想像してみませんか?

画像提供:竹岡敬和准教授
インタビュー・文:丸山恵

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