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57. 名古屋大学博物館の特別展 「世界の発酵食をフィールドワークする」 は必見です

名古屋大学博物館をご存知ですか?

名古屋大学博物館は、名古屋大学のシンボル豊田講堂のすぐ横にあり、マッコウクジラの大きな骨格標本が迫力満点の博物館です。

名大博物館の企画展は、内容のクオリティはもちろん、一捻り加えたインタラクティブな見せ方やフレンドリーな関連イベントで、いつも多様な楽しみ方を提供してくれています。

そんな名大博物館で9月22日まで開催中の特別展に行ってきました。

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第28回特別展「世界の発酵食をフィールドワークする」

3階の特別展展示室は、アフリカの酸っぱいパンケーキに始まり、ネパールで酒を主食にする人々の話、タイで嗜好品としてお茶の葉の漬物を噛む文化、馬のお乳のお酒…などなど、思わず「へぇ〜」とうなってしまう内容が続々と並びます。

これらの展示は、日本各地の大学や研究機関の10名の研究者が、自らの足でアジアやアフリカを歩き、自らの目で見た記録だそうです。各地域の発酵食文化や発酵技術を、まるで現地を訪問しているような感覚で学ぶことができました。というのも、現地から持ち帰ったという発酵食品の実物が(密閉ボトルに入れられた状態で)展示されていて、なんと匂い体験までできてしまうのです!

一番印象的(衝撃的)だったのがこちら
数時間は鼻に残る匂いです!(離れて嗅ぐとチーズみたい!?)

ところで、特別展のタイトルにもある「フィールドワーク」とは、現地に滞在して現地の人たちと生活をしながら調査すること。つまり、10名の研究者のみなさんは、フィールドワーカーなのですね。フィールドワーカーのこぼれ話や、バックパックの中を覗けるコーナーは、フィールドワークのリアルを知ることができるのはもちろん、フィールドワークの経験や興味のある方にはたまらない展示ではないでしょうか。

今回登場する10名のうちのひとり、横山智教授のフィールドワーク必需品
研究に必要なアイテムに加え、サバイバルグッズも多数

「フィールド発酵食品学」という新しい学問

そして、名大研究フロントラインが一番注目したいのは、各地の発酵食品の紹介だけでは終わらないところ…「新しい学問『フィールド発酵食品学』を創出する」という壮大な提案で締めくくられているところです。

実は1年ほど前、この「フィールド発酵食品学」という言葉を、今回の特別展に関わる横山智よこやまさとし教授(名古屋大学 環境学研究科)から聞いていました。

横山智教授
(特別展には似顔絵で登場されています。博物館スタッフが描いたそうです!)

「現地の発酵食品をきちんと調べて、どういった在来知で成立して維持されているのかを現場で考える実践をしていくことを『フィールド発酵食品学』と名付けて、チームを組もうとしています。人文系のフィールドワーカーだけでなく、微生物学者にも参加してもらい、発酵食品を見つけたその場でDNA解析までしてしまおうという計画もあるんですよ。」

正直なところ、お話を伺った当時は、その意義を消化しきれずにいました。それは現地の人のためなのか、異国の地にいる現代人のためなのか、、、

ところが、展示中のさまざまな地域の発酵食品は、現地の人々が科学的な知見がない時代から見えないカビや菌と共存・利用してきた発酵技術とそれにまつわる生活文化を継承していく価値を訴えています。そのためには、科学的な理解が欠かせないというフィールド発酵食品学のコンセプトが、展示を通してくっきりと見えてきたように感じました。

横山教授インタビュー

前回お話を伺ってから一年経ち、計画がプロジェクトとして本格的に稼働し始めた今、改めて横山教授にお話を伺いました。

──  コロナで延期の末の特別展開催、おめでとうございます。世の中はまだまだ発酵食ブームですね。

少し考え方がひねくれているかもしれませんが、フィールド発酵食品学を作り出そうと考えた背景に、今の発酵食ブームへのアンチテーゼがあったかもしれません。身体に良い発酵食というのは、発酵を完全にコントロールできる環境で、身体に良い菌だけを人工的に供給している場合でのみつくることができる人工的食品です。今回の展示のように、世界各地で実践されている発酵食では、そのようなコントロールは全くできていないんですね。

──  発酵食品=自然食品=体に良い、というイメージを覆しますね。

そもそも、発酵とは自然界に常在する細菌やカビによるものです。当然、人間にとって好ましくない菌もたくさん存在しますし、それが優先種となって発酵される場合もあります。そのような発酵食を食べると食中毒になります。これまで人類は発酵食を口にして、多くの死者を出した可能性もあります。ただ、ヒトの死因が明らかになったのは、ごく最近のことなので過去のことはわからないのですが…。

──  そのような背景で「フィールド発酵食品学」が追求していくものは?

人々はいかに目に見えない細菌やカビをコントロールして発酵食をつくって利用してきたのか、という問いです。世界各地で先祖代々伝えられてきた発酵食をつくるプロセスを調べるために「発酵食をフィールドワークする」という私たちグループの実践が重要になります。

──  “実践”とは、具体的にどのようなことですか?

納豆を例にすれば、「この葉っぱを使って、3日間寝かせると、美味しく食べられる」という記録を各地で収集する作業です。特定の植物の葉を使うことにどんな意味があるか? 3日間という発酵期間に何が起こっているのか?きっと、人々は発酵食をつくるプロセスで、経験的に「こうしないと食中毒になる」とか、「こうすると美味しくなる」とか、色々なノウハウを積み重ねてきたことでしょう。こういったデータを細かく収集することで、安全な発酵食を現在に伝えてきた科学的根拠を解明します。

──  だから、特別展でも人々の営みにフォーカスされているのですね。

そうですね。人々の「伝統的な在来知」を科学的に証明することが我々が取り組もうとする「フィールド発酵食品学」です。副次的な研究成果として発酵食と健康との関係についても明らかにできるかもしれませんが、それが主目的ではありません。

──  今発酵食ブームとはいえ、スーパーに並ぶ発酵食品は滅菌されたものが多く、工業的な利便性のために菌が本来持つ多様性が失われつつあるといいます。フィールド発酵食品学が、私たち現代人に発酵食への新たな気づきをもたらしてくれたらと思いました。横山教授、ありがとうございました。

横山教授が長年続けてきたアジアの納豆研究については、↓の動画もご覧ください。フィールド発酵食品学のアイディアが生まれた背景にも触れています(2021/4/1公開)。

制作協力:名古屋大学博物館
撮影協力:西田佐知子准教授(名古屋大学博物館/環境学研究科)
文:丸山恵

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