映画『野火』感想

 観て来ました。

 ただただもう、「戦時下の日本軍の悲惨さ」を淡々と描き切った映画。

 一言で評するなら、「安直で軽薄な同情や感傷・教訓化の一切を全力で拒絶している作品」。

「感想は?」と聞かれたら、その返事は、「何も言えません」の一言。

 この作品を観ていて受けた印象は、『おきく物語』や『おあん物語』、そして大戦中の日本軍医による「生体解剖」に関する記録などを読んだときに感じたものとよく似ていた。

 『おきく物語』も『おあん物語』も、日本の戦国時代に実在した女性による、関ヶ原や大阪合戦の回顧録。

 実弟が鉄砲の流れ弾を受け「びりびりとして(痙攣して)」絶命する様、「身分の高い武将を討ちとると恩賞をはずんでもらえるから」と家族総出で身元不明の敵兵の生首を並べてお歯黒する様、実母が敗走中産気づいて田んぼの中で……といった生々しい話が、当時十代であった女性たちの口から、いとも淡々と語られている。

 いずれも共通しているのは、「無感覚の極致」。

 こうの史代氏の漫画『この世界の片隅に』でもそんな描写があった。相次ぐ空襲で焼け野原になった町へ、比較的被害の少ない郷里から主人公の妹が訪ねてきた。その妹が道端に転がっている遺体に手を合わせている姿を目にした瞬間、自分がいつの間にか、人の死体を石ころか何かのように思っていたことに初めて気がつき、主人公が愕然とする。

 心理学の本で「人間は自分の尊厳や人間性が危ぶまれる出来事に直面すると本能的に現実認識を捻じ曲げてしまうことがある」という話を読んだことを想い出した。そうしないと罪悪感で自殺せずにいられなくなるのだという。

 この「無感覚の病」って決して現代日本でも他人事ではないと思う。極限状態とは正反対の「便利が当たり前」の社会であるが故に、他者に対して「無感覚」になっている人って結構いるんじゃないかって思っている。

 たまたま『新装版 孫子の兵法』(守屋 洋・著/産業能率大学出版/2011年)読了直後であったり、作品のテーマに関しても日ごろ思っていることがあったりで、頭の中では色々と思考が渦巻いているけれど。

 作品そのものに対する感想としては、やはり、「何も言えない」としか言えない。口をがっちり押さえられて、「黙って見てろ」と言われているような、そんな作品だった。

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