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父にとっての「ライオンのおやつ」

今日は風が強く、外から地鳴りのような音がして、部屋の中にいても怖いくらいでした。ベランダの手すりは土埃で真っ赤になっていたので、洗濯物を早々と部屋の中に取り込んで、正解。

午後になって、母を連れ立って「ヒゲソリ」を持って病院に行くと、ベッドに横たわる父は遠い目をして天井を眺めていました。

自宅にいるときは一人用の椅子に座り、テレビを見ていて私に気がつくと必ず右手を上げて挨拶してくれていました。その姿と比べると本当に弱ってしまっているんだなあと感じます。

今日は腫瘍で狭窄した胃の中にステントを入れる処置があるので、ベッドから起こして、うがいをさせてあげました。しばらくすると、腰が痛いというのでまた横になり、マッサージをしようとすると、そこにはもう骨と皮しかないような父の背中がありました。

1カ月前にマッサージをしてあげた時は、確かに肉の弾力があったはずなのに…。胃がんと診断されてからまともに食事ができなかったのだから、無理もありません。

胃の中にステントを入れる処置はとてもつらかったらしく、しばらく口の回りをタオルで押さえていましたが、しばらくすると、これでまた美味しいオムライスを半分だけ食べらるね、と言って笑いました。

こんな状態になってもまだ、食べたいという欲求があるなんて…。
良かった、と思う反面、無性に悲しくなりました。


何年か前に、小川糸さんの「ライオンのおやつ」という小説を読みました。
余命を告げられた主人公の雫さんが、残りの日々を瀬戸内海のレモン島にあるホスピスで過ごすことになるのですが、雫さんを含め、そこで過ごす患者さんたちは、自分の食べたいおやつをリクエストすることができる、残された時間で想い出のおやつを食べる、簡単にいうとそんな物語です。

父は元気な頃、近所の喫茶店でふわふわの卵にデミグラスソースがかかったオムライスを食べ、囲碁のサークルに通っていました。

病気になってからは、半分にも満たない少しのオムライスでも満足そうに食べていた姿をこの小説に重ねてしまいます。

これからは父の「ライオンのおやつ」の時間も少なくなっていくことでしょう。父が美味しいものを食べる時間は、できる限り一緒にいてあげたいと思いました。



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