犬のはなし

犬がこんなに雄弁だとは、知らなかった。

うちには今年の秋で4才になる、犬がいる。
オスのミニチュアダックスフント、残念ながらオスの機能はもう無いし、片足を上げて小便をするバランス感覚も持ち合わせていない。半分メスのような、それでいて好奇心が旺盛でひどく臆病な完全にオスのというよりは小3男子のマインドを持った、犬がいる。


私は犬を飼うのが初めてで。オットは子供の時に犬も猫も家にいる家庭で育った。
もちろん欲しがったのはオットだが、何故かというかやはりというか、お世話をするのはほとんど私だ。こんなに分かりきった未来他にないのではないだろうかというくらい、予想通りの展開だった。
だから私に懐くのも、誰もが納得することだと思う。

彼は要望の多い犬だ。だから多分雄弁だと感じてるんだと思う。

エサが古い、新しい だから食べない
この道を歩く、出来れば端っこがいい
おなかに付いたチクチクを取るな
なでろ、なでるな
噛ませろ、舐めさせろ


撮影をするな、カメラを向けるな
だっこをしろ、降ろせ、だっこをしろ
遊べ、遊びたくない このおもちゃでしか遊ばない
もう歩きたくない ここの匂いを嗅がせろ


挙げだしたらキリがない。それをすべて彼は彼に出来る精いっぱいの方法で伝えてくる。伝える、ガシガシ伝えてくる。
目線、表情、しっぽの振り方、寄り添い方、体をつける位置、声色。
コミュニケーションとはそういうものなんだろう、と思う。
伝えたい気持ちがあって、伝えたい相手がいる。その相手に伝わるように、言葉であれ言外の何かであれ、その相手に一番伝わる方法で伝える、シンプルにそれだけなんだろうと思う。伝われば方法なんてなんでもいい。
ふと思う。彼ほど伝えたいことを私は持ち合わせているのだろうか、と。しっぽを振るほど喜びを伝えたい状況が、顔を背けてまで食べたくないものが、いたずらをしてまで気を引きたい相手が。
いや、あるか、割とやってるか。

ただそれを犬ほど表してないだけで、誰にも伝わらないようにしているだけで。
だけど犬は誰にも伝えないようになんてしない。伝えようと必死だ。わかってほしくて伝えてくる。生死に関わってくるし、犬が頼りにしてるのは我々飼い主だけだから当然なんだけど、そこがすごく健気で、心底愛しいと思える。そうか、伝えたい気持ちを手放しで伝えられるって、愛しいに変わるのか。それがポジティブであればあるほど。だってそれが、相手への愛情を示すことになるんだもんな。
伝えた先の相手がどう思うかなんてきっと考えないから、僕が楽しいから君も楽しい、僕が寂しいから君に伝える、大好きだからそばにいてほしい、手放しでそういった感情を解放出来るのだろうし、彼にとってそれほど安心感のある相手に自分がなれていることに安心する。この愛し方でよかったんだと、彼に教えてもらえる。だから彼は今日も無防備に胸に飛び込んでくる。

しかし彼にとって、心地のいいことと、して欲しくないことがここまではっきりしているとは思ってなかった。
感情が無いなんて思ってはいなかったけれど、ここまで感情豊かなのかと、犬という生き物を侮っていたと今は思う。
嬉しい、楽しい、悲しい、怒ってるくらいの、ひどく浅い喜怒哀楽ではなくて、その感情にいちいち意味がある。それが冒険であったり、眠る前に眠いのに遊びたいというくずりだったり、帰宅を喜ぶことだったりするんだけど、その状況を理解して感情を出したり、少し先の未来を予想して怯えたりすることに、本当に驚かされる。そんなことまで考えてたのかと、存分に甘やかしてあげたくなる。
そうして犬は、わけの分からないまま撫でられて、どんどんわがままになっていく。負のループから抜けられなくなる。
ただのしつけの出来ない飼い主の言い訳かもしれないけれど。

同じ言語を使って、同じような出で立ちだから、伝わってないものを伝わったと勘違いするんだろう。それでいくつの不幸を、今まで作ってきたんだろうか。

犬から学ぶことは本当に多い。





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