夢中

「好きよ」
そう声に出した途端に、私はまた現実に戻ってきてしまっていた。夢の中であなたに気持ちを伝えるのは、もう何度目になるだろうか。あの頃当たり前だったはずのことは、今ではもう夢の中ですらままならなくなってしまっていた。
泣きながら目が覚める朝は、頭も心も痛いままで、眉間が深い皺を作る。夢の中で伸ばした手は、誰を掴むことも出来ずに空を切った。
2人が出会えたことの喜びを、あなたは最後に伝えてくれたけれど、私が欲しかったのはそんな言葉じゃなかった。あの頃毎日押し寄せてきていた正体のない不安と闘いながら、あなたの隣にいるために必死に背伸びしてた私の事、あなたの目にはどう映ってたんだろう。
あの頃みたいにあなたの声を聞く事もできなくなって、あなた越しに見てた空は今はぽっかり広く映っている。首の角度はあなたを見上げてたそれのままで、急にされたキスのせいで戸惑った私を見て笑ったあなたの顔まで、私の中ではそれのまま。少し笑った口元は、その角度のまま溜息を吐いた。
その日見た夢の中で、私達はよく知ってる場所にいた。私はあなたが気に入ってたスカートを履いていて、あなたは私の好きなシャツを着ていた。見上げた星はあの日みたいに輝いていて、あなたの声はあの日みたいに優しかった。触れたはずの手が冷たくて、あの日とは違ってた。
揺れた心は今でも、あなたの側に置いたまま私の元には戻ってきてない。夢の中で抱き寄せられた体は虚構に包まれたみたいに感触が無くて、もう側にあなたがいないんだと、嫌でも実感した。
「好きよ」
せめて眼が覚める前に、もう一度だけ伝えさして欲しい。伸ばした手に、その手を重ねて欲しい。いつもはここに来たらあなたは笑って手を振るけれど、今日はもう少しだけここにいて欲しい。
「好きよ」
せめて夢の中だけでも。

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