誰が殺したクック・ロビン


タイトルを見て「パタリロ」の話だと思った方ごめんなさい。
マザーグースの話でもありません。
本格推理小説の礎を築いたヴァン・ダインについての話です。

「誰が駒鳥殺したの」'Who Killed Cock Robin'
※クックロビン(あるいはコックロビン)

誰が殺した 駒鳥の雄を
それは私よ スズメがそう言った
私の弓で 私の矢羽で
私が殺した 駒鳥の雄を

誰が見つけた 死んだのを見つけた
それは私よ ハエがそう言った
私の眼で 小さな眼で
私が見つけた その死骸見つけた
(以下略)

日本にあまり馴染みのないマザーグースと呼ばれる童謡。

「パタリロ」の有名なギャグで広く知られることになりましたが
萩尾望都先生の「ポーの一族」からという説もあります。

それ以前に日本で知られるきっかけとなったのは
ヴァン・ダイン作「僧正殺人事件」の影響も
あったのではないでしょうか。

S・S・ヴァン=ダインは、アメリカの推理小説作家(1939年没)で
いわゆる「本格推理小説」の元祖とされ
以後のミステリー小説に多大な影響を与えました。
(エラリー・クイーンも影響を受けたひとりです)

彼の唱えた「ヴァン・ダインの二十則」は
本格推理小説の基本指針となっているとも言われています。

彼は長期療養中の2年間で2000冊の推理小説を読破し
退院後に執筆を開始、たちまち評判となります。

おもしろい長編小説を書くのは
ひとり6作が限度だろうと彼は明言していましたが
実際にはその倍の12作品を執筆。

皮肉にも後期6作品の評価は
前期6作品より劣ることを自ら証明する形となりました。

わたしも6作品まで読み進めましたが
これ以降は読んでません。

前期6作品のタイトルを紹介します。

・ベンスン殺人事件 (The Benson Murder Case, 1926年)
・カナリヤ殺人事件 (The Canary Murder Case, 1927年)
・グリーン家殺人事件 (The Greene Murder Case, 1928年)
・僧正殺人事件(The Bishop Murder Case, 1929年)
・カブト虫殺人事件 (The Scarab Murder Case, 1930年)
・ケンネル殺人事件 (The Kennel Murder Case, 1931年)

特徴的なのはタイトルの統一性で
殺人事件を表す"Muder Case" で統一されていることです。
(後期6作品も同様)

中でも第3作と第4作「グリーン家」と「僧正」(Bishop)は
世界に数ある推理小説の中でも最高峰と位置づけられています。

もちろんわたしも読んだ作品の中では
この2作品が飛び抜けているという印象です。
(第1作と第2作も興味を持って読み進めていましたが)

全編を通じて主人公となっている探偵ファイロ・ヴァンスは
世界の様々な探偵像の中でも極めて個性的な存在です。

シャーロック・ホームズがあまりにも有名ですが
ファイロ・ヴァンスも負けず劣らず皮肉な変わり者で
好きな探偵を2人選べと言われたら間違いなくこの2人を選びます。

彼の衒学的趣味は文中の至る所にペダンティックに散りばめられており
そのことが作品を読み進める上で大きな支障になってもいます。

気に入らない方はそういったペダントリーな部分は読み飛ばして
本筋のみを追った方がいいかもしれませんね。

第1作「ベンスン」は殺人事件の解明の手法もさることながら
彼の強烈な個性が強く印象に残ることでしょう。

第2作「カナリア」では
今で言うプロファイリングで犯人となり得るべき心理的な特徴を
ポーカーゲームの過程から推理を試みます。

ちょっとここから長くなりますね。

第3作「グリーン」は"館もの"と言われる作品群
(ひとつの屋敷の中で次々と連続殺人が起きていく)
のいわばお手本とも言えるでしょう。
起こった出来事の時刻まで克明に綴られ家の間取り図まで添えられています。
(何月何日何時という書き出しは第1作から統一して採用されています)
頭脳明晰なはずのファイロ・ヴァンスが迂闊にも?連続殺人を許してしまい
最後は事象の一覧を並び替えて一貫したストーリーを導き出すという
新たな推理手法を生み出しています。
ここでのメイントリックは以降の作品群にも数多く取り上げられましたので
初めて読む方はそんなに意外なものとは思わないはずです。
(わたしはそれでもこの作品がいちばん好きです)

第4作「僧正」(Bishop)はマザーグースと呼ばれる童謡の見立て殺人を
世界で初めて考案した作品です。
「誰が殺したコック・ロビン」という唄の通りに
第一被害者"コック・ロビン"が弓で放たれた矢で突き刺されていたのです。
この"見立て殺人"はアガサ・クリスティーなども書いていますが
後世に多大な影響を与え「グリーン」と双璧をなす最高傑作とされています。
日本では金田一耕助でおなじみの「悪魔の手毬唄」「獄門島」など
故・横溝正史氏が好んで用いたテーマがこの"見立て殺人"です。
中盤あたりから例のペダントリーが高等数学の話にまで及び
読み飛ばしていい部分もあるでしょうが
"おもしろさ"からしても「グリーン」と甲乙つけがたい作品です。

もしミステリーに興味のある方で
特に本格推理小説を系統立てて読み進めていきたい方にとっては
「グリーン」「僧正」(Bishop)の2冊は必読書と言えるでしょう。

以上です。

(長文につきあってくださったみなさま、ありがとうございました。)

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