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帰りたくても帰れない奴のために歌った男

もうすぐ大晦日がやってくる。大晦日に毎年放送されている番組といえば紅白歌合戦である。今回はこの紅白歌合戦の話である。

2013年の年末だった。私は某声優アーティストを目当てに紅白歌合戦を見ていた。しかし、一番印象に残ったのはそのアーティストではなく一人の"おじさん"だった。
その男の名は泉谷しげる。当時65歳にしてこれが紅白初出場だった。

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彼はリハーサルでバンドメンバーの演奏ミスにブチギレて帰るなど悪い意味で本番前から注目されていた。そして本番でもその破天荒な言動を見せてくれた。
本番で歌った楽曲は1972年に発表された「春夏秋冬」のリメイク「春夏秋冬2014」。その曲に合わせてNHKホールの観客は手拍子を始める。しかし…

「手拍子してんじゃねーよ、誰が頼んだこの野郎」
泉谷がそう言うと、一気に静まり返った。
それを見ていた私は「何だこいつ…」と唖然とした思い出がある。
その後泉谷はこう歌い叫んだ。

テレビの向こう側で一人で紅白を観てるお前ら!ラジオを聴いているお前ら!
いいか、今年は色々あったろう!色々辛いこともあったろう!
だからよ、忘れたいこと忘れたくないことも、今日は自分の今日にしろ!
自分だけの今日に向かってそっと歌え、今日ですべてが終わる、今日ですべてが変わる!今日ですべてが報われる
自分に向かって、そっと歌いやがれ
いいか、声に出さなくてもいいぜ
自分だけに向かって歌え
自分だけの今日に向かって!自分だけの、今日に歌え!

今日ですべてが終わるさ
今日ですべてが変わる
今日ですべてが報われる
今日ですべてが始まるさ

冷静に考えたらサビしかまともに歌っていないにも関わらず、彼の言葉は私の胸に響いた。
個人的な話ではあるがこの年は辛いことが多かった。そんな自分に向けて「辛かった日々は今日で終わる」とメッセージを受け取ったような気になったからだろうか。
そしてギターを投げて退場する泉谷、まさに破天荒である。

その後、泉谷はブログでこのように語った。

NHKホールに集まった数千の人らはいわば選ばれた恵まれた人たち?だろうよ。
しかし、テレビの向こう~あるいはラジオ聞いてる人々には故郷に帰れない人、病気になり一人で放送を見聞きしてる人、被災地で寒さに耐えてる人らが居るのだ!
オイラはNHKホールに集う人よりテレビ・ラジオの向こうの人らに歌ってやるンだと最初からキメててNHK側も賛成し、完全ライブをさせてくれたのだよ!
(一部抜粋)

泉谷は北海道南西沖地震、雲仙普賢岳噴火、阪神淡路大震災、そして東日本大震災でも精力的に被災地支援を行っており今回の紅白出場は被災者に向けたメッセージという意味合いがあったのだろう。
破天荒な男ながらに人情のある男。それが泉谷しげるという男なのだ。

そして2020年。故郷に帰れない人もたくさんいるだろう。病気になり一人で放送を見聞きしてる人も少なからずいるだろう。言い出したらキリがないが、皆にとってつらい一年だった。
そんな今だからこそ彼のパフォーマンスが思い浮かぶ。

今日ですべてが終わるさ
今日ですべてが変わる
今日ですべてが報われる
今日ですべてが始まるさ

2021年こそは明るい年になるよう切に願っている。

なお、泉谷しげるは本家紅白には二度と出ないようだがももクロ紅白には毎年出場している。今年も出場予定である。パフォーマンスを見たい方はそちらをチェックしてはいかがだろうか。