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水銀汚染

11月2日(土)、韓国随一の工業地帯、浦項(ポハン)へ行きました。浦項では2016年の6月頃、東海岸の都市を流れる兄山江(ヒョンサンガン)という川の河口付近で採れるシジミから韓国の基準値を超える水銀が検出されました。その後、付近の環境からも基準値を超える水銀が検出されています。
韓国国内では大きなニュースになって、特に水産が盛んな地元浦項の市民は大きな不安を抱えているにも関わらず、浦項市など行政の対応は後手後手で、水銀発生源も突き止められていない、というのが当時の状況でした。
MBCテレビの浦項支局では、市役所の背中を押す意味も込め積極的にこの問題を取り上げていましたが、かつて水銀汚染による大きな過ちを経験した水俣を取材するため、2017年6月に、水俣へやってきたのでした。「水俣病を繰り返さない社会をつくる」活動をしている相思社としては、状況を確認したうえで喜んで引き受けました。
以下、相思社職員の葛西の当時の報告書を転載し、その後、今回の私の報告を書きます。
MBCテレビのディレクターは「いくつかの団体を丹念に調べたうえで相思社にお願いすると決めた」ということでした。当時、相思社職員の葛西が被害者の視点や市民の立場から発言できる人を取材先を選び、案内をしました。
長年水俣病を診てきた医師として緒方俊一郎さん。被害者として水俣病協働センター「遠見の家」の皆さん、漁業関係者として中村雄幸さん、水俣市漁協のみなさん。茂道住民の石本譲治さん、汚染処理の専門家として熊本学園大学の中地繁晴さん。水銀(被害)についての一般論を国立水俣病総合研究センターの坂本峰至さんの取材に同行しました。
取材後、番組は夜8時のニュースの中で<兄山江水銀汚染企画取材「水俣病~苦痛の60年~」>と題され、5日間に亘って放映されました。
兄山江(ヒョンサンガン)の河口で捕れたシジミから0.7ppmの水銀が検出されました※1。ちなみに韓国の水銀基準値は0.5ppm(日本は0.4ppm)です。流通していたシジミは全量回収されましたが、調査をさらに進めていくと他の魚介類からも基準値を超える水銀が検出され、付近の内水面漁業が禁止されました。水産が盛んな地域に大きな衝撃が走りました。調査をすすめていくとさらに水銀汚染が存在していることが分かりました。
汚染が集中していたのは兄山江に流れ込む支流で、川底の堆積物を調べたところ最高で916ppmという値が出た場所もありました※2。その支流が兄山江に合流する地点でも221.99ppmという高い値が出ています※3。水俣病歴史考証館に展示してある1985年に百間排水口から採取してきたヘドロの水銀値とほぼ同等です。
実はこの一帯にはPOSCOという韓国最大の製鉄会社があり、周辺を関連・下請会社の工場が取り巻いています。浦項は「工場城下町」として発展したまちなのです。水銀汚染は製鉄工場地帯に濃厚であり、多くの人は周辺の工場に容疑をかけています。しかし市役所は及び腰で、今だもって水銀の発生源の特定に至っていません。そのあたりのいきさつに水俣で起こった水俣病を想起させるものがあり、今回の取材に繋がりました。
さらに、問題が発覚したとき、ちょうど浦項の兄山江流域はウォーターパーク、ウォーターカフェ、水族館などが連なる「水上レジャータウン」建設計画が実現化する運びとなったところでした。行政側の対応の遅れにはそういった事情も重なっているようです。
※1国立水産物品質管理院が調査。2016年8月15日浦項市が発表。
※2クブテン川中流。慶北緑環境センターが調査。2017年4月7日発表。昨年までは最高値が348.48ppmだったので、最近この数値が発表され問題が再燃した。
※3 韓国国立環境科学院が調査。2016年8月25日発表。
参考までに、日本の基準値は、土壌では15ppm、土壌の溶出基準では0.0005ppmです。地下水では0.0005ppm。海水や淡水の底質の除去基準は25ppmです。魚介類の基準値(暫定)は総水銀値で0.4ppmです。
韓国の土壌堆積物の基準値は0.07mg/kg(詳しい検出方法は不明)です。今回の件で、汚染堆積物がどの程度の深さに及んでいるか等、汚染物質の総量もわかりません(情報がありません)。
最近の韓国メディアによると、浦項市は今年中に水銀の発生源を特定し、さらに兄山江とクブテン川の汚染堆積物の浚渫を行い、3年以内にこの問題を解決すると発表しました。浚渫の費用は600億ウォン以上を想定していて、国に支援を求める方向だそうです。
その一方で「水上レジャータウン」計画は粛々と進められており、市民団体が「プロジェクトを中止せよ」といった横断幕を張って声を上げている場面が各所で繰り広げられている状況だそうです。この問題については、今後も注意して情報を集めていきたいと思います。

以上転載終わり。
ここから、今回の報告です。11月2日(土)、以前に水俣を訪れたMBCテレビのディレクターに案内をいただき、キム・ユンスクさんが通訳をしてくださいました。
打ち合わせ会場に向かう途中、ディレクターが右手を指差しました。川が流れ、その先にドーム型の施設がありました。二年前は「建設予定」だった水上レジャー施設の一部ができあがっていました。
予定にはなかったにも関わらず、ディレクターの配慮により、市議会の議員団にお会いできました。議員らにとっても水銀汚染は気がかりで、「来年の5月に浚渫工事が始まるので、専門家に来てもらって意見をもらいたい。」という依頼がありました。浦項市議会では、市に対し漁獲禁止条例を作るよう強力に要求したそうです。しかし、条例はできたものの、市で禁止する動きはなく、処罰もないため実効性はない。市が取り締まりをすれば、なぜ取り締まるかを詳しく説明する責任があるが、市はそれができず、市民は「市役所が説明しないから大したことはない、マスコミがあおっているだけ」と思いはじめている。住民は危機意識を持てなくなり、漁を続けているということでした。
その後、現場に連れて行っていただき、およそ二万坪の敷地の「POSCO」を見ました。周辺には多くの工場が立ち並び、関連会社は大きいものだけで300~400あると聞きました。どの工場に行っても強烈な臭いで、臭いは工場ごとに違いました。
環境省は、水銀に関する資料を持っているが、どこの企業が使っているかを明らかにしていません。検察が企業の排水を調査したのは、発見されてから時間が経ってからのことで、企業は対応済みだったようで、どの企業が発生源か不明とのことでした。警察も検察も市も市議会の多数派も浦項工業大学もPOSCOに気を遣って、何もいえないとのことでした。そもそも浦項工業大学は「POSCO」が作った大学で、会社を不利にすることはできないという流れがあるようです。また、韓国の学者は、民間レベルの協議のときは「問題がある」というが、自分ごととして発信する人はいない、学者はみな、企業に気を遣っていると聞きました。それは、日本でも同じことでしょう。
「POSCO」の工場のそばで、釣り人たちが魚をとっているのが、印象的でした。
帰り道、POSCOの工場から500mのところに大きな町が見えましたが、そこから離れたところにある「POSCO」の社宅を通ってもらいました。工場地帯よりは空気のきれいなところにあるビルを見ながら、私の生まれた町を、思いました。
わたしたちは、「水俣病を二度と繰り返さない社会を作る」ことを目的に活動を続けています。水俣と相似形の、現在進行中の水銀汚染に、目を反らしたくなりながら、一方で、見て考えて、伝えたい、と、写真を撮り、メモを取りました。
ディレクターは、落ち込む私を励まそうと、慶州(キョンジュ)の美しい町並みを見せてくれ、遺産を見に回ってくれました。そして、韓国の有機野菜で作られた家庭料理を食べさせてくれました。優しい気遣いに、私の心も少し柔らかくなりました。浦項でお別れをせずに、この時間が持てたことは、本当にありがたかった。
これからも、韓国との交流を続けながら、相思社が持っているネットワークを活かして、浦項と水俣をつなぎます。それが、いまだに失敗を続けている水俣の、果たすべき役割と思います。次は研究者や医師に、行ってもらおうと思います。
水銀汚染によって悲しむであろう人たちのことを、いま苦しんでいる人たちの顔を浮かべながら、考えています。

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