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ただ魚を食べた人たちのこと

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不知火海で暮らし、魚を食べ、水俣病になった人たち。漁師さんや、行商さんや、農家さんや、木こりさんや、いろんなひとたちの言葉。被害や暮らし、家族、仕事のこと、聞いた話をそのままに。…
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#患者相談

なのにね、棄却通知には

今日ね、決定の通知が届いたっですよ。棄却だそうです。水俣病じゃない理由は地域に被認定患者が少ないこと。家族に漁業従事者がいないこと。家族に認定患者がいないこと。 Aさんは、県からの文章を読み上げました。 でもね、親父は船を持っていて、私は一緒に漁に出ました。漁師として登録して働いた人だけじゃなくて、そこに住んでる人はみんな魚を食ったでしょう。それにね、私の家族には認定患者が「いない」んじゃあなくて、水俣病になりたくなくて、認定申請しなかったんだよ。県の文章はね、全体に上から目

私が、私が、魚を、売った。食べさせた

昨日から、頭を離れない親子の話。昨年のおわり、相思社に来て、「話を聞いてくれるだけでいい」といい、語って帰った親子。1950-60年代、山間部に住みながら、水銀の汚染の濃厚だった不知火海で仕入れた魚を30キロの山手まで持ってゆき行商をしていた親。1950年代に生まれた障害をもった我が子。親が売った魚を食べつづけた近所の別の母親も、障害をもった子を産んだ。話の最後に「私たちが、売った魚が、誰かを苦しめているかと思うと…」といった子どもさんの言葉。その親子が、相良村の緒方俊一郎先

今でこそ魚を犯人扱いしていますがね

昨日は長年水俣病に関わる緒方俊一郎医師と共に車を走らせ、県外の患者さんのところまで往復9時間の旅をしました。 到着するとご高齢の、上品なご夫婦が出迎え「わざわざ申し訳ありません」と恐縮され、こちらも恐縮。長年水俣病の症状を持ちながら暮らし、数年前にようやく認定申請しましたが、しかし「家族に認定患者がいない・漁業従事者がいない。症状は水俣病以外の病気が原因」を理由として県から棄却通知が届き、いま再申請をしようとしています。 診察を始める前に改めて、どういったところで育ち、どのよ