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受け入れがたくても、その悲しみを受け入れる

好きなバンドのメンバーの1人が突然亡くなった。34歳。あまりにも早すぎる。

その知らせを知ったのは、1週間の仕事が終わってオフィスで携帯を開いたとき。Twitterを開いて、瞬間、目を疑った。
ネットニュースの記事タイトルに並ぶバンド名もその人の名前も、よく見慣れたもので読めないわけがないのに、少しのあいだ脳が理解することを拒否した。

とりあえず文章の意味が理解できたところで、ひとこと「え?」と声が出た。でもそこで、一旦私は画面を消した。これはこれ以上ここで読むと危ない。今は会社にいて、今日はプレミアムフライデーで、ちょうど懇親会の準備が始まったところで、ここにいるのは私がこのバンドのことを好きだってことすら知らない人ばかりだ。私が急に取り乱したら、この場の空気がえらいことになる。

無理やり何もかも見なかったことにして、とりあえず大量に買い込まれた餃子を食べ、頃合いをみて早めに帰路についた。

帰り道、私はようやく何が起こったかに向き合った。

好きなだけじゃなく、思い出が詰まった、思い入れの深いバンドだった。夫と付き合い始めたとき、彼らが売れるきっかけになった曲がFM802のヘビーローテーションだったことは今後も忘れることはないと思う。

ライブにも何度も行った。まだ知名度がそこまで高くなかった時の野外イベントでのステージから、対バンライブ、ライブハウスでのワンマンライブ、ホールライブと、彼らが瞬く間にたくさんの人に愛されるバンドになっていく姿を見てきた。当然だと思った。

ハッピーであたたかくて、人を愛し人に愛され、等身大でまっすぐで、好かれる要素全部盛!みたいなバンドだ。彼らが売れない世の中なんて未来がないとすら思う。

夫との結婚披露宴で、退場時のBGMに選んだのも彼らの曲だった。メンバーの1人が、結婚する友人に贈った曲。間違いなくウエディングソングだけれど、家族の形にとらわれず、ただ大切な人の末永い幸せを願うまっすぐで優しい曲が、私たち夫婦の大切な日にも華を添えてくれた。

そんな暖かくてハッピーで愛されるバンドの中で、一番笑顔が素敵で優しい人だと称されるメンバーが、突然亡くなった。


詳しいことは何も明らかにされていないけれど、おそらくメンバーや周囲の人々にとっても、本当に突然で思いもよらないことだったのではないかと想像している。

ツアーを完走し、周年ライブ開催の発表、彼らに密着したドキュメンタリー映画の放映まで決まった、楽しい未来がたくさん見えていた。私はしばらくライブに行けていなかったけれど、行った人のレポートを見たり公式からの発信を見る限りは、これまで通り楽しそうで元気そうで幸せそうにしか見えなかった。亡くなったとされる日、その前日にも、彼のTwitterは更新されていた。

新しい映像コンテンツの告知ツイート。楽しそうな一文を添えて。

ねえ、なんで。隼ちゃん。どうして。

何があったのかを知りたいとは思わない。発表されてないってことは、知らせたくないってことだ。それが全てであって、そこに余計な憶測や深読みはいらない。ご遺族の、そして彼を支えてきた周囲の人々の願いだ。いくら外野がうるさくても、金輪際明らかにしないでほしい。

でも、知りたいわけでもないのに、何度も何度も「なんで」と呟いてしまう。ねえ隼ちゃん。なんで?いや、教えてくれなくていいんだけど……でも、なんで。


交流のあったバンドマンやDJ、イベントの運営など多くの人が悲しみを吐露するなかで、FM802のDJ陣の中でも私が大好きなカトマキさん(加藤 真樹子さん FM802 website)が、お昼のレギュラー番組の最後に彼の話をされていた。

カトマキさんは長くDJをされているから、今回みたいに、交流のあったミュージシャンを失う経験をきっと何度もされている。そしてその度深く傷つき悲しみ、それでも番組で言葉を発することを求められてきたと思うけれど、いつも亡くなられた方にも、メンバーにも、そしてリスナーにも深い想いを寄せて言葉を紡がれていると思う。

絆の深いバンドだから何よりメンバーのことを心配しています。そして、彼らのことが大好きなリスナーの方々のことも。10代や20代とかの若いリスナーが多いバンドだから、大好きな人が突然いなくなってしまうという経験が初めてだっていう人も多いんじゃないかと思って……

FM802 UPBEAT!より。細かい言いまわし等は実際と異なります

カトマキさん、その通りです。私は20代ではないし、大切な人を亡くす経験は初めてではないけれど。祖父母が亡くなったときももちろん辛かった、でも年齢も年齢だし病気もあったし、遂にその時が来てしまったのか、という感じだった。こんなに突然、思いもしない形で大好きな人がこの世からいなくなる経験をしたのは最近になってから。

日常的に接していたわけでもないのに、画面越し、ステージ越し、遠くに見ていただけなのに、心臓のあたりがずっしり重くなる。ふとした瞬間泣きそうになる。なのに、その人がもういないなんて信じられない。

我が家で応援しているJリーグクラブに以前所属していた選手が、昨年突然危篤になり、そのまま亡くなった。かつてのチームメイトがカップ戦の決勝に行く、その前日。

彼も関わった人みんなから愛される素晴らしい人だった。
もううちのクラブに所属していなかったし、彼と一緒にプレーしたことのない選手もたくさんいるのに、ベンチ横には在籍当時の彼のユニフォームが掛けられ、サポーターの私たちは彼の名前を何度もコールした。誰もがそういうことをしたくなる選手だった。

そのときも何度も思った。今でも思っている。ねえ。なんで。


きっと、理由なんてないのだろう。納得できる、悲しみを収めることのできる「なんで」の答えなんて存在しないのだろう。

病名がわかっていて、「今危篤状態です、みんなで祈りましょう」があってから亡くなったって、「なんで」って思ったのだから。それは死因がどうだとか、どういうことがあったからとか、そういう問題ではない。

人は、自分の身に何か受け入れがたいことや納得しえないことが起こったとき、「なんで」と思うようにできているのかもしれない。
だとすると、それはとても尊い仕組みだし、それがあってここまで文明が発展してきたのかな、とも思う。

けれど、大切な人の死や大規模な自然災害、自分の手でどうしようもなかった悲劇や絶望に打ちのめされたとき、「なんで」という思考はかなりキツいものがある。だって理由なんてないのだから。


カトマキさんは、この日ゲストで出演していたミュージシャンとの会話も引用しながら、このつらく信じがたい出来事について語ってくれた。

自分もまだ、理解することができない。でも、そんな悲しみを受け入れて、少しずつ慣れていくしかない。慣れたくもないけれど、と。

突然誰かを失う経験はまだ多くないけれど、きっとそうするしかないのだと思う。自分ではどうすることもできない悲しみや日々の小さな絶望に、少しずつ慣れ、受け入れ、将来訪れるであろうより大きな悲しみに少しずつ慣れていくことしかない。そうして人は大人になるのだと思う。

そして、それでもその中にいくらかの幸せを見出し続ける気の遠くなるような作業こそ、人生なのかもしれない。そこに理由や意味なんてないもんね。

隼ちゃん、どうか、どうか安らかに。

届けて 春の風に
まぎれず心に笑み増すように
届けて 春風吹く街の
春のような貴方へ

sumika / 春風 作曲:黒田隼之介


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