水車 第三章 第7話

 連合軍を奇襲した騎士団の分隊は大きく迂回しながら本隊との合流点に向かっていた。追尾がないか時折振り返る殿の騎士から声が上がった。
「6時、敵飛空艇、多数!」
「散開!固まっていると殺られるぞ!」
 騎士団の敵空軍との交戦は少ない。それも比較的低速の羽気球だけである。水素反応の矢をつがえた弓を向ける者がいても可笑しくはない。複数の騎士がそうした。そして唖然とした。狙う間もなく殺到し一連射で飛び去って行ったからである。
 火薬式の銃器に付与が付かない事が幸いした。撃ち抜かれた馬が三頭、戦死した者が二人、の被害で済んだからである。
 落馬した者を拾うために、何頭かの騎馬が引き返す。敵飛空艇は大回りで射線に就こうとしている。速やかに何処か掩体になる物を探さねば。と、引き返した騎士の一人が叫んだ。
「飛竜!」
 飛竜は忽ちにして到達し敵飛空艇の一機を食らった。散開して逃げる敵飛空艇。
「ありゃ、本隊の方角だ」
 分隊の危機は去った様であったが、気掛かりは増えた。

 壊滅した何個中隊と違い、送り出した二個小隊の練度は低い。勇者は、一個小隊を率い後を追うことにした。反省から爾来、自らも操縦捍を握る事にしたのだ。さして訓練の時間も取れず、練度は高いとは言い難いが、勇者にはギフトがある。
 空戦で被弾してもそれは相手に返る。例え撃墜されたとしても、それで破壊されるのは、撃墜した方の機体なのだ。相手が竜であってもそれは変わらない。
「始めから僕が出てれば良かったのかな?」勇者は機上で一人言ちる。
 飛竜は巨大だった。ワイバーンとか翼竜とかの想定をしていた勇者は些か怯む。いや脅えたと言って良い。操縦捍を握る手が汗で滑る。と、竜が追い掛けていた陸戦を放置し勇者に向かってきた。急旋回で避ける。大丈夫、この機体には最高の改造水車エンジン積んであるんだ、逃げきれる。
 当て舵の甘い勇者の機体は急速に高度を失う。
「自分で墜落したら駄目じゃん!」
 そう、ギフトが効かない。
 必死で引き起こした勇者の目の前に竜のアギトが待っていた。

「ありぁ、間に合わなかったかぁ」
 司令は進行方向に立ち塞がる巨大なキノコ雲をみて呟いた。

 王国にとって運の悪いことに、飛竜が二度目の核爆発を起こしたのは連合軍を迎え撃つためほぼ終結を終えていた騎士団本隊陣の直近であった。しかも陸軍騎兵連隊所属の無限軌道戦車百二十両も快速を生かし既に合流していた。つまり、王国の最大戦力が一矢も交えず壊滅した。絶対の自信を誇る付与火砲と共に。
 対して連合軍は十分な距離が在ったため、兵馬がおののく事だけで済んだ。検分と戦利品漁りで数日を掛け、被爆から後に多数の死者を出す事になり、不義の戦の呪いと噂されるが、後々の話である。
 連合軍は押っ取り刀で駆け付ける王国軍を次々に敗走せしめ、王城に迫った。
 空軍は新旗艦率いる艦隊全てと、虎の子の鷲型四機、ペラ飛空艇二個中隊を喪っている。ほぼ壊滅と言って良い状態だった。特に歴戦の指揮官であった艦隊司令の大尉を喪った事は空軍府に衝撃を与えた。
「中佐に任ず」死者への二階級特進。
 普段通りに振る舞おうとする、司令の後ろ姿が力無くみえる。シャオはウロに引き篭りきりになっていた。

 混濁していた意識が次第にはっきりしてきた。
(ああ、飛竜に食べられちゃったんだっけ)ここは、どこだろう、飛竜の腹の中と言う感じはしない。
 唐突に悟る。
(飛竜の心の中か。精神が混ざっちゃったのか)
 どちらも、アカシックレコード由来の存在であって見れば、親和性が高いのだろうか、いや飛竜を作る時雛形として手近な存在勇者の精神構造を使ったのではないのか。ならば、密着爆縮の折り精神が融合しても可笑しくはない。
 シャオならそう考えただろう。だが勇者はやけに鈍くなった脳の働きに苛立ちながら、次の目標を探すのみだった。
 そして、ふと気付く。
(水車食うより、ユグドラシルだろ)
 そうだ、それが目的だ。ユグドラシルを食うんだ。

「本当にやるんですかい?」
 司令は操舵手養成用の複座機の前席に座っていた。
「もちろんだよー」
 人的損害を最小に留めるための飛空艇の単座機化が進み、一番機の操舵手であった曹長の乗機も改修を終えていた。つまり、俺の乗る機がない。
 これはゆゆしき事だ。なので操舵資格を取る事にしたのだ。メンドクサイ気室操作も簡略化されていて、俺でも出来そうだったし。
「でも、いきなり空戦訓練てのも…」
「基本操作覚えたからねー、次はこれでしょ」
 追いつ終われつ、実際は終われつ終われつであったが、上達ぶりはアピールできた。死ぬなら空だよね。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?