水車 第三章 第8話

「え?あれが欲しいの?」森人が来て、竜骨をくれと言う。大型ドックに据えた巨大飛空艦のそれだが、やっと据え終えたばかりで今回の敗戦?まあ、放置になったわけだ。入手する筈の多数の大魔石もこの情勢じゃ無理だし。
 いっか、持ってっていいよ。てか、重たいよ?ん?丸太空軍全部引き連れてきた?牽引するの?空を見上げて良く見れば、カゲロウのように揺らいでいる。てか空全部カゲロウじゃん。これみんな丸太?やべーな、奇襲し放題じゃん。敵でなくて良かったぜ。
 開放したドックの空門から竜骨がしずしずと出てきた。たぶん竜骨の上で、もやってるような、いないようなみたいのが丸太気球だろう。
 こんなもんどうするんだ?戦艦を作る?そんなでかいの、森におけないでしょ。竜骨の幅であれば問題ない?随分と細っこい戦艦だな。森人の考える事は分からん。なんていうか、シャオと同類だな、こいつら。
 外に出きった竜骨はゆっくりと浮上を始め、端の方からカゲロウに変わっていく。やがて完全に見えなくなり、あれだけあったカゲロウもいつの間にか消えていた。

 四機の鷲型で代わり番こに王都方面に出撃するのだが、焼け石に水だった。王都の陥落は目に見えていて、空軍も王国の降伏に歩調を合わせて手を挙げる算段だった。
「処刑された?」
 王都から脱出に成功した単気球には、陵辱の後も生々しい太子の遺体も載っていた。
「連合軍がやったのか?」
「王弟殿下が…」
 訊けば有事の事ゆえ殿下も開放され、一部隊を任されていたらしい。その部隊を使って王を襲い、簒奪し、城門を開いた。その際の出来事らしい。そして、連合軍により王共々王弟も処刑された。
「約束が違う!」と喚きながらの死であったそうな。
 しかし、これでは降伏出来ないぞ。
 恐らく連合軍は侵攻に正当性が無い事に気が付いた。なので、傀儡に使える王弟も殺すことにしたのだろう。クレームの出所を消し去る気だ。ならば隣国首都消滅の実行犯に仕立てねばならない、空軍はどうなる?
「全軍府に伝達!」つい大声になる。
「北の森に逃げるよー!いそげー!」
 新型というより、やっつけ仕事ででっち上げた二隻の飛空艦に人員と機材積めるだけ積み込んで、俺たちは逃げ出した。あと、気掛かりなのは、長官だが無事でいてくれよ。

 太子の葬儀は森人が仕切ってくれた。胸元のゆったりした森人式の死に装束で女性用だと言う。太子もこっちの方が良いだろうと任せた。森人が送った事で[神樹の娘]になったのだそうだ。
 水軍と陸軍が機能していたらもう何ヵ月かは持ったかも知れない。衆寡敵せずでどのみち負けたのだろうけれど、展開の綾と言うか、世論を味方に付ける時間を稼げたかもしれない。
 水軍は優秀すぎる噴進型発動機が仇となって水車の性能変動でトラブルが多発、航空隊が使えなくなっていた。そこへの連合軍の圧力。港湾を放棄して湖水上の島嶼への避難を余儀無くされていた。
 陸軍はと言えば、主力が例の属国側からの侵攻を警戒して動けず、機動部隊だけを差し向けたのだが壊滅。今更だけど、やりようなかったのかなぁ。
「司令、シャオ様が」なんで様つけるの?で、なに?
「お隠れになりました」えぇー、死んじゃったの?
 良く訊いてみると行方不明なのだと。もっと言葉勉強してね、心臓に悪いから。ウロに入って中々出てこないので森人が見に行ったら影も形もなかったと言う。シャオの事だからこっそり隠蔽魔法で抜け出すのもありだけど、理由が分からん。やだ、いやな予感する。

 一度にはとても移動出来なかったので、陸戦隊を軍府の留守番に残してピストン移送していた。護衛に鷲型二機とペラ型二機を組ませて一個小隊にして交代で当たらせた。
 最後の移送となるこの日、帰ってきたのは簡易型飛空艦二隻、ペラ型二機、鷲型は一機だけだった。
「曹長が…」報告したのは二番機の少尉で、泣いているのか鼻声だった。
 水軍の飛空艇が現れたと言う。友軍機かと思っていたら、敵の滷穫機で、一番機=曹長の乗機が火に包まれた。開いた降下布も燃えていて、曹長は墜落死した。
「シールドは、真空シールドは機能しなかったのか?」
ワンタッチで展開出来るのが仇となった。魔石の節約のためシールドを切っていたのだ。直ちに反撃して二機撃墜し、二機取り逃がした。
「少尉に任ず」
 もう戦闘部隊の大半が二階級特進しちゃってる。でもクルーのは格別だ。声が震えないように気を付けなくちゃならなかった。

 いきなり押し掛けてきたのに、森人達は好意的だった。沈んだ艦には多数の森人の射手も乗っていたんだ、追い出されても不思議はないのに。
「ユグダの息子、気の触れた息子、エルフシズメル」
 幾分か流暢になった王国語で族長が語り掛けてきた。しかし、分からない。通訳頼む。
「飛竜は森人が倒す、と言っている」今の王国語だよね?通訳できるんだ。
「気合?」なんかシャオとキャラかぶんだよな、いいけど。
 空から森人の声が降ってきた。
「プテラ!ユグダシプテラ!」一斉に走り出す森人達。「飛竜が来たと」通訳さんさんきゅ。
「ペラ回せー」

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