水車 第三章 第2話

 長官には戦闘を慎めと言われたのであって戦闘をするなとは言われてない。なので偵察くらいなら問題ない。仮に迎撃されて戦闘になったとしても、慎んだけれどなっちゃった戦闘なので問題ないのだ、ないったらない。てかさ、空も飛べずに空軍司令名乗れないし。
「司令、2時、特殊艦、ありゃ水軍の母艦だな」操舵手君、君、もう敬語使う気ないでしょ。
「水軍の新型、揚がってきます!」前部射手君、何装填してるの、友軍なんだから撃っちゃ駄目だよ。
 ペラ式なのに速い、タンデム発動機を二器繋げてるのか。そいや翼折り畳むって言ってたな。主翼に載っけると邪魔になるのか。で後尾に配置、一個じゃ出力足りないから二個繋げたと、やるな、水軍。操舵手は前席、射手は遠隔で後席から機首の銃器を操作するのか。前視難いだろうに、操舵手が照準付けて合図するのかな?連携大変そうだ。てかさ、敵水戦一人で操舵手と射手やってんだよな、気室の操作しないで良い分余裕があるからなんだけど、そっちの方が当たるよな。
 水軍機は側に寄って来て翼を振って離れていった。確認と挨拶だったらしい。

 今回は大分遠距離になる。敵湖水軍軍港の防空練度の把握が目的。近寄っていってどれ位で反応するかを見る。なので高度は高からず低からず、見付け易い高度。空に浮いてる機体はない。お、滑水始めた。油断してたな、反応鈍め、減点1。
 離水したら此方には向かって来ず、むしろ離れながら高度を取っている。数は三機。
「取り舵、帰投するよー」射手君鼻を鳴らさないの、空戦は無しって言ったでしょ。

 「それ以上の接近は禁止」シャオは恩寵の短剣に手を掛ける。任官の折り、司令がぽんと放って寄越した物で、普段は果物ナイフ代わりに使っている。少し大きいので使いづらくはある。
「嫌わなくても良いじゃないか。君も召喚者なんだろ?」王国にジェット機その他の現代技術を持ち込んだのが、司令ではなくシャオであると勇者は知った。故に、召喚者はシャオであると。司令が居れば「[現代]の使い方間違ってるから」と指摘が入っただろうが此処には居ない、そして勿論「召喚者」の使い方も。
「召喚魔法は専門外」シャオは自分が何を召喚したと思われてるのだろうかと訝しむ。さらに近付く勇者。
「ユグドラシルに案内して欲しいだけだよ、僕一人じゃ結界で入れない」
「エルフ以外の接近は死罪」
「お前は毎日通ってるじゃないか」
「私はエルフ!」
 勇者の喉元目掛け短剣を突き出す。元より脅しのつもりのそれは、哀しいかな武芸の心得の無い事もあって、簡単に腕を取られてしまう。
「耳の丸いエルフが居るかよ!」
 しかし、乱れた髪から覗いた耳は尖っていた。思わず手を離す勇者。この女は召喚者じゃないのか?では転生者?そうだ、きっとそうに違いない。
 足を縺れさせながら勇者から離れるシャオ。気を取り直し追い縋ろうとする勇者。
「ヌーシチョガネーネカイウティリヨ!!」(何をして居る巫女様から離れろ!!)
 矢を番えた若い森人が唐突に現れた。
「NPCは引っ込んでろ!」
 世界観が混乱してしまった勇者の言葉は、自動翻訳の機能により、森人にはこう聴こえた。
[エルフごときが!控えろ!]

 司令は、集められた元勇者軍の兵士を前にため息を吐いた。なんでこうなるかなぁ。
 あー元勇者軍の諸君、君達の元上司である勇者が森人の設けた禁止エリアに潜入を試み、見咎めた森人を殺害し、逃走しました。
 え?早い?もっとゆっくり喋れって?ごめんね、通訳君。
 んでだ、君達には選択をして貰います。勇者に義理立てして、拘禁されるか、祖国奪還の戦いに参戦するか。
 手で、ちょっと待て信号を送信する通訳君。仕方がないのでコップの水を飲もうとして空なのに気付き水差しをこっそり要求する司令。
 え?もういいの?みんな続き待ってる?なんだか本当に喉が乾いてきた気がするが、仕方なく話の続きをする司令。
 どこまでいったっけ、あー、んでだ勇者の行動は隣国の意を汲んでの物だと思われる。つまりはだ、こほん、祖国奪還に参戦するなら勇者と戦うこともある。以上。あ、一晩ゆっくり考えてから決めてね、兵曹長に言えば良いから。

 勇者が出奔したと聴いたのは昨晩の事である。取り急ぎ、森に急行しシャオから仔細を訊いた。森の案内を頼まれた。神樹の許へ行けと言うから断ったら乱暴されそうになった。そこへ駆けつけた森人が返り討ちに会い、神樹の力を頼って蔦や草木での拘束をしたら、かき消えた。
「おそらく、転移石」あれってダンジョン専用じゃ?
「エルフの森はダンジョン」まじかよ、って森人って言おうな。
「エルフはエルフの事エルフとしか呼ばない」
 髪を掻き上げて耳を見せる。いつからエル…森人耳になった!てか、本物?神樹に認められた証だそうだ。そいや、そんな事言ってたな。

 思った通り、転移石は有効だった。石の紐付けを森の近くの拠点にして置いたのも運が良かった。ユグドラシル攻略作戦の名残の転移石。
「勇者様!」
 残しておいた配下だ。今度こそユグドラシルを確保しなければ、地球に、日本に帰れないなんて信じない、帰る方法があるなら、あの樹こそ手掛かりの筈。

 ほぼ全軍を動員しての勇者捜索は空振りに終わった。というより進攻作戦の期日が迫り打ち切らざるを得なかった。
 四月一日、発動の大号令が掛かった。六機の鷲型、十二機のペラ飛空艇の援護を受け、勇者軍の電撃作戦をそのまま鏡返しにしたように陸軍は奔った。いやそれはただの先陣に過ぎず、脆弱な正面を騎士団と水軍航空隊に任せ、ほぼ陸軍全軍が先陣のこじ開けた穴から雪崩れ込んだ。
 隣国もこの作戦の事を感知していたにも関わらず、あまりの荒唐無稽さに、また、電撃戦を経験した事が無かったがゆえに、軽視し、騎士団の守る正面こそが本命の進攻ルートだと判断していた。
 わずか10日程で属国は陥ちた。そこから、隣国へと尚も進軍する。
 柔らかな下腹を食い破られる形となった。
 目的地は敵首都。

 我が空軍の活躍も記せねばなるまい。最後の拠点であった属国首都には二番艦、改修され、強襲艦と艦種名を変えた空挺母艦から祖国奪還の旗印を掲げた空挺隊が舞い降りた。市民の蜂起を促し、程なくして陥落せしめた。
 彼等は奪還した国の国軍に編入される事になっている。が、勝利して初めて担保出来る約束だ。隣国首都まで付き合って貰うことになる。

 森から王国軍の気配が消えた。侵攻作戦に参加したのだ、と勇者は確信する。今ならオーニソプターだけでも、森を制圧できる。幸い各所に散っていた勇者軍の集結もほぼ終わった。
 「制空隊発進してください」
 テイコクには王国のような落下傘がない、何度試作を繰り返しても失敗するので発案者である勇者が諦めたせいだ。だから、勇者は空を飛んだことがない。
 約一千名の陸上部隊も森に分け入って行った。その表情には緊張の中にも余裕がある。以前成功した作戦だ、王国の介入がなければ完璧だったんだ。彼等はそう思っていた。
 結論から言う。勇者の第二次北の森侵攻は失敗し、勇者軍は壊滅した。勇者は再び転移石で逃げた。空には王国空軍でさえ恐れを為す見えない丸太が無数に舞い、森には勇者軍虎の子の[致死]投射機を無効化した戦装束の[エルフ]達が待ち構えていたからだ。勇者の行方はこの時をもって杳として知れない。
 その内湧いて来るんだろう、と司令。

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