水車ダンマス編 第10話

110 1 2 3 4 5副団長死す 6大団円

1 シャオは訝しく思う。なぜあのダンジョンマスターなのだろう。神の器として余りにも脆弱に見える。ウロからレコードの中に入って歪な決節点を俯瞰している。所々に澱みがある。歪なのだからそちこちに澱が溜まって澱みが出来る、なにも不思議はない。
 本当にそうか?なにか見逃してはいないか?そう思って睨め付けていると小さな澱みの一つからよく知っている波動を見付けた。
「これは…飛竜?」
 レコードにも決節点にも意識と言うものは存在しない。神樹の森の決節点のプロシージャである神樹にした処で、情報を取得する仕組みでしかなく、高度で複雑で有るがゆえに恰かも意識を持っているように見えるに過ぎない。それが意思を持つ?
「干渉…接触しての直接の干渉がある」
 シャオは司令に連絡を取ろうと試みた。

2 「エルフはどこだ!」ガオッケンは吠える。
「ここには居ません」
 コアは既にマスター登録の手順を開始していた。たかが人ごときに逆らいようもないプロセス…。いや、この瞬間にコアを破壊されれば霧散してしまうのだから、それは奢りと言うもの、敵意を向けられないように慎重に終了するまでの時間を稼ごう。
「何処へ行った!」
「初めからいませんので、その質問には答えられません」
 初めからいない?ガオッケンは漸く考えてもいなかったパターンに思い至る。
「水車…湯石を作っているダンジョンではないのか?」
「湯石の萌芽を待つ迄後数百年程です」
 プロセスは急速に進行している。マスターの登録が終われば例えコアが破壊されても急激な崩壊は起こらない。
「なんと…」
 ここは生まれたてのダンジョンで、管理されてすらいないのか。すべては無駄であったのか。…いやまだ手はある。
「マスターに成れと言ったな、ゴーレムを召喚出来るか」おそらく人形の事だろう。
「魔素を提供していただければ、出来得れば眷族の方々の分も」
 了と返事を返す。勿論そのままでは使い物にはならない。だが百名の精兵と組み合わせればどうだ。エルフごときには遅れは取らないだろう。
「登録が完了しました。引き続き魔素の回収を断行します」
 断行?随分と大袈裟な言い様だなと感想を述べようとしてガォッケンはは意識を失った。

3 気がつくと兵達は皆倒れていた。
「何をした!」
 魔素を限界まで抜いたのだろう。おそらく二三日は眼を覚まさない。
「ご命令通り[ゴーレム]を召喚し遅滞作戦に投入しました」
「なんだって?」戦力の逐次投入。
「残っているのは?」
「マスターと兵員百名です」
 ガックリと膝を付くガオッケン。詰んだ、いや、そもそも始めから詰んでいたのだ。
「この先どう防衛する気だ」
「マスターを強化します」
 たった一人をどう強化した処で高が知れている。いや、どうせ死ぬなら一人二人余計に道連れにしてやろう。
「分かった、頼む」
 幸い兵達は眠っている、死ぬのは俺だけで済むだろう。
「眷族の方々を素材に使います」
「?」
 一瞬呆気に取られたのが致命的な遅れとなった。百名の兵は消え、ガオッケンに吸い込まれた。むくむくと巨大化するガオッケン、鎧の金具は弾け飛び衣服は千切れ、巨大なガオッケンの戯画が誕生した。騙されたと知った巨人はコアを潰してやろうと探すが見当たらない。なぜか側に転がっていた手頃な(人の眼には巨大な)鉄製と思わしきパイプを手に取ると辺り構わず破壊した破壊した破壊した。
 広間に出てしゃがみこむ。兵達の中には王国出奔の時から付いてきた者もいたのだ。よく笑う小男だった。そこで顔がよく思い出せないのに気が付いた。それだけではない。有りとあらゆる記憶が紫色のもやに霞んで消えていくのだ。俺から全てを奪い去るのか、もう自分の名前すらおぼろだ。やけに見えるようになった眼で遠くに隊列を見付けた。あれは空軍司令だ、俺から全てを奪った奴だ、名前を返して貰うぞ。

4 コアは焦っていた。歪なダンジョンに残したデュプリケイトからの信号が途絶えた。驚異を排除し次第、虎治を伴って転移する手筈になっていたのにこれではタイミングが掴めない。
 シャオは焦っていた。勇者=飛竜の介入を伝えなければならないのに遠話処か、念話さえも繋がらない。
「シャオ様」「歪なコア」
 早急に対処すべき問題があると意見が一致した。
「過去の報告からこの辺りは確保済み」
「位相勾配的には、ここなら転移可能ですが…」
 コアが示した場所はまだ到達したとの報告のない処だった。そも、歪み絡みきった高位時空の性で転移可能な場所には念話も通じない可能性がある。
「行くべき」
「ダンジョンに入らずんば虎治を得ずですね」
「なんでそこで俺?」
 虎治は眷族と私物の送還をコアに命じられしぶしぶ、いちゃいちゃを止めた。やはり神候補はこの男ではなかったとシャオは確信した。ならば、神を殺すまで。

5 おそらく高さは十メートルにも満たないだろう。しかし心理的な圧迫もあってか、副団長の戯画が巨大化した肉塊は数十メートルの大きさにも見えた。「股間を狙うよー」陸戦隊員達が内股になる。バランスはそのまま人の姿を大きくしたのとは大分違う。足が短く太い。とても人には見えぬ程に短く太い。その一方で肩幅は骨盤の半分しかなく華奢な印象を受ける。そして件の股間には体躯に相応しいものがぶら下がっていた。
 大声で指示を出したのが不味かったか、ガオッケンの戯画は左手で股間を庇った。手の甲に着弾煙が上がるが効いてる風はない。右手に持ったパイプを薙いで来た。避け損なった何名が吹き飛ぶ。個人用の真空鎧を纏っているとは言え、そんなもので吸収出来る程の打撃には見えなかった。あらぬ方に背骨が曲がりピクリとも動かない者もいる。顔を狙え!兵曹の誰かが叫ぶ。ガオッケンはパイプを持った腕で眼を庇う。あれ?両手封じちゃった?
「第一第二分隊顔面集中よろしく~」
で俺は脱兎のごとく飛び出す。狙いは股間だ、足の間に滑り込んで真上のカバーしきれていないぶらんぶらんを狙い撃つ。あれ?なんか光ってないか?しわしわの奥の標的は紫がかった黒い光を放っている様に見えた。何発か着弾した処で気が付いた。
「全員退避ー、死ぬ気で逃げろー、死んでも逃げろー」
 なんちゅう所にコアぶら下げてるんだ。撃っちゃったじゃないか。ガオッケンは蹲って悶絶している。押さえた股間の辺りから紫色のもやが急速に広がる。俺は起き上がって走り出した。逃げ切れる気がしない。急に目の前が暗くなった。

6 気が付いたら鷲型飛空艇の前席に座っていた。一番長く乗っていた後席銃座でなく前席なのは、たぶん一度座ってみたかったからだろう。射撃が下手くそなんで乗せて貰えなかった。前方に黒いもやがあり飛竜にも巨人にも見える。
 あれが目標だ、曹長!上げ舵だ逆落としを掛けるぞ。反応が鈍い。振り返ると操舵席に勇者が座っていた。
「そんな卑怯な事は出来ませんよ、男なら真っ向勝負でしょう」
 鷲型は最大加速で突っ込む。機動が鈍い、ああ、この機体は気室操作も手動でしないといけないのか、先読み出来ない奴には任せられんと曹長が言っていたな。連射連射連射、まるで手応えがない、ふいに横合いから巨大なパイプが振るわれてきた。再び暗転する視界。あぁ、これって死にまくるパターンだ。
「既に勝っている相手、落ち着いて撃てば余裕」
 シャオ?どうやって撃つんだ?飛空艇も機銃も消えちまった。
「なら、全てを消し去れば良い」
 全てを?
「勇者と貴方、そして私」
 勇者まだいるのか?てか、俺はいいがシャオは消せない。
「なぜ」
 もうあんな想いは沢山だ、シャオ!俺から離れるな!何処へも行くな!
「なら勇者だけを消して」
 勇者は歪な決節点の淀み、陰り、もや。ああ、そうか、勇者はもや=飛竜=巨人なんだ。自分で自分を殺そうとする筈がない。俺を殺すために突っ込んで行ったんだ。
 そうと知れると再び俺は鷲型に乗っていた。今度は単座の操舵席だ。何故さっきは古いタイプの鷲型だったのか、今なら分かる。俺は無意識のうちに死んだ曹長に頼ったのだ、だから古い三座。だが曹長はいない、その隙間に勇者が滑り込んできた。
 ならば遣ることは一つ。急角度で上昇する。もや=飛竜=巨人=勇者は着いて来れない。浮力を消して発動機を絞り行き足を殺す。頂点に達した時が勝負だ。「三、二、一、今!」フッドペダルを蹴り発動機を最大出力へ、噴進舵も連動している。トルクで左に回る、合わせてロールを打つ。
 ほぼ一瞬で真下を向いた鷲型は追随できずに背中を曝している[勇者]に全弾を撃ち込んだ。

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