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相続預金払戻請求にあたっての金融機関の対応とその結末

東京地判令和4.3.30金判1650号50頁


1.裁判の経緯

 Bは、大韓民国の国籍を有し、従妹であるA(平成26年3月に死亡)名義で、Y1銀行・Y2銀行・Y3銀行に預貯金(本件預貯金1~8までの8口。預貯金4および5は現存しない。合計金額15,766千円)を有していた。Bは、平成25年3月に死亡し、Bの子X1・X2が、預金を相続したと主張して、Y1~3銀行に相続預金の払戻しを求めたが、Y1~3銀行は本件預貯金は亡Aに帰属するなどとして払戻しをしなかった。そこで、本件預貯金の払戻しならびに訴状送達の日の翌日(令和元年9月5日)から支払済みまで商事法定利率である年6分(平成29年法律第45号による改正前の商法514条所定のもの)の割合による遅延損害金等の支払いを求めて訴えを提起した。
 本判決は、次の理由をあげ、①本件預金はBに帰属し、②X1・X2はBの相続人であることを認め、そして、③Y1~3銀行らは、いずれも本判決確定の日の翌日から遅滞の責任を負うので、同日から支払済みまで民法所定の年3%の割合による遅延損害金の支払義務を負うとした(確定)。

2.判決理由

(1) 預金の帰属

 「亡Aの相続人であるH及びIは、本件預貯金1・2・3・6について、Bが生前に自己の出捐で預け入れたものであってBの預貯金に相違ないことを・・・・・・認めている。・・・・・・亡Aの相続人はH及びIのみであるといえるし、仮に他に亡Aの相続人がいるものとしても、H及びIが亡Aの相続人であることに変わりはない。H及びIが敢えて虚偽を述べるような動機もうかがわれず、亡Aの相続人であるH及びIが本件各預貯金がBに帰属していたものである旨を認めていることは、本件各預貯金がいずれもBに帰属していたことを相当強く推認させるものといえる。」
 「また、Bは本件預貯金1・2・3・7に係る通帳又はキャッシュカードを自宅で保管しており、これらを他人に預けるようなことは考え難い。この点は亡AがBの従妹であることを踏まえても変わるものではないし、本件各預貯金のみならず、他の銀行についてもA名義のキャッシュカード等も保管していたこと、本件各預貯金(支店名の記載がないY2銀行のものを除く。)がM支店のものであり、Bの住所に比較的近い一方で、亡Aの住所からは相当距離があることにも照らすと、BがA名義で預貯金をしていたこと、また本件各預貯金がその一環であることを推認させる。」
 「さらに、本件各預貯金に関する書面には、亡Aの住所、氏名、生年月日が記載されている一方で、Bの自宅の電話番号が記載されているところ、預貯金口座の開設等に当たって他人の自宅の電話番号を記載する理由は乏しい。亡AにおいてBの電話番号を記載しなければならなかったような事情もうかがえず、Bが本件各預貯金口座等の開設等に当たって、本人確認書類等との照合が必要となり得る住所等については亡Aのものを記載し、そのような問題が生じにくい電話番号については自らの自宅のものを記載したと考えることに合理性があり、上記推認を強めるものといえる。」
 「加えて、筆跡鑑定書において、本件各預貯金に関する申込みや変更等に係る書類の筆跡について、X2の出生に関する追完届等の筆跡と同一人の筆跡であるとされる一方で、亡AからBに宛てた手紙等の筆跡とは別人の筆跡であるとの鑑定がされている。その内容等からして、X2の出生に関する追完届等はBの筆跡であると考えられるし、亡AからBに宛てた手紙等は亡Aの筆跡であると考えられるところ、いずれの鑑定書についてもその判断手法等に不合理な点は見当たらない。筆跡は同一人であっても異なり得るものであることなどを踏まえても、これらの鑑定結果は前記推認を支えるものといえる。」
 「Bは、平成16年に保険金額の合計が700万円であるL生命保険を解約し、相応の金員を有していたことなどに照らせば、本件各預貯金がBの出損によるものであるとして不自然ではない上、X2は陳述書においてBが生活保護を受給するためにA名義にしたと思われる旨を述べており、Bが実際に葛飾区福祉事務所から手当を受給していることを踏まえると、X2が述べるようにBには別名義での預貯金口座を開設・使用する動機があったことがうかがわれる。」
 「以上に照らせば、本件各預貯金はいずれもBに帰属していたものと認められる。」

(2) Bの相続人の範囲

 「Bの家族関係証明書や除籍謄本、基本証明書等を見ても、X1・2以外の相続人についての記載はないし、出生証明書の「この母の出産した児の数」欄に3人と記載されているものの、それ以上の記載もなく、これのみをもって現在X1・2以外の相続人が存在するとまではいえない。」

(3) 遅延損害金の発生日

 「X1・2は、訴状送達若しくは訴えの変更申立書送達の日の翌日又は口頭弁論終結日の翌日から遅延損害金の支払義務を負う旨を主張するところ、金融機関において、払戻請求者が正当な払戻権限を有する者であるか否かを確認するために必要かつ相当な期間について払戻しを留保することは、正当な理由があって違法性がないから、同期間は履行遅滞に当たらないというべきであり、金融機関は同期間経過後に遅滞の責任を負うものと解するのが相当である。
 別紙預貯金目録記載の預貯金口座は、いずれもBとは別の名義となっていることに加え、Bの相続人の範囲を判断することが必ずしも容易ではないこと、亡Aの相続人の範囲についても同様の問題があることなどを踏まえると、本件においては、本判決の確定に至るまでの間は、Yらにおいて、X1・2が正当な払戻権限を有する者であるか否かを確認することができないとして払戻しに応じないことには正当な理由があるというべきである。
 したがって、Yらは、いずれも本判決確定の日の翌日から遅滞の責任を負うものであり、同日から支払済みまで民法所定の年3パーセントの割合による遅延損害金の支払義務を負う。」

3.本判決のチェックポイント

(1) 本判決の問題点

 本判決は、A名義でY1銀行・Y2銀行・Y3銀行に預金をしていたBが死亡したので、Bの相続人X1・X2が、相続預金の払戻しをY1~3銀行に求めた事件に関するものである。BがA名義で預金をしたのは、Bが生活保護を受給するためであったとされている。
 Y1~3銀行は、預金の帰属者をAと主張している。これは、金融機関は預貯金契約の締結にあたって、本人特定事項(自然人にあっては氏名、住居およびび生年月日)などを確認すること(「取引時確認」という)が、「犯罪による収益の移転防止に関する法律」4条1項で義務づけられており、預金者Aの預金として存在する以上、Aを預金者として取引時確認を行っているはずであるからである。
 本件事例のように、預金の帰属者はBであるとする申出がされたとしても、預金者と金融機関の関係において、預金の帰属者が誰であってもよいはずであるが、簡単にこれを認めるわけにはいかないのである。ここで、金融機関にとって、預金の帰属者がAかBか不明であるという状態が生じる。
 そうすると、金融機関は預金の払戻しにあたって、いずれが真の預金者を確定することが必要になる。そのために、裁判所の判断を待つという方法がとられたものではないかと思われる。
 裁判所の判断により真の預金者を確定させて、その者に払い戻すことは有効な方法ではあるが、確定判決を待つまでの間、相当の期間を要する。この期間も金融機関の履行遅滞として遅延損害金が発生するのであれば、金融機関は確定判決を待つことに躊躇することになる。本判決は、このような金融機関の懸念を取り除くもので、金融機関実務からして歓迎されるものである。

(2) 預金の帰属

 預金取引において、預金の原資を出捐した出捐者を預金者とする「客観説」が判例法として確立しているが、平成15年に公表された次の2つの最高裁判決が重要な軌道修正を図った。

①最二小判平成15.2.21民集57巻2号95頁

 損害保険会社甲の損害保険代理店である乙が、保険契約者から収受した保険料のみを入金する目的で金融機関に「甲代理店乙」名義の普通預金口座を開設したが、甲が乙に金融機関との間での普通預金契約締結の代理権を授与しておらず、同預金口座の通帳及び届出印を乙が保管し、乙のみが同預金口座への入金及び同預金口座からの払戻し事務を行っていたという判示の事実関係の下においては、同預金口座の預金債権は、甲にではなく、乙に帰属する。

②最一小判平成15.6.12民集57巻6号563頁

 債務整理事務の委任を受けた弁護士甲が、委任事務処理のため委任者乙から受領した金銭を預け入れるために甲の名義で普通預金口座を開設し、これに上記金銭を預け入れ、その後も預金通帳及び届出印を管理して、預金の出し入れを行っていた場合には、当該口座に係る預金債権は、甲に帰属する。

 私も、両判決については、次の拙稿で検討した。
 「専用普通預金口座預金の帰属 : 問題解決への2つのアプローチ」京都学園法学2004年第1号29頁

 「判例研究 寺院の収入を原資とした預金の帰属--檀信徒を構成員とする権利能力なき社団を預金者とした事例[さいたま地裁平成19.11.16判決]」京都学園法学2009年第1号41頁

 以上から、この問題に関する判例の態度は、一方で預金原資の出捐者を預金者とする客観説を維持しつつ、他方で、普通預金に関してではあるが、金融機関と預入行為者の意思に基づく契約解釈によって預金の帰属を判断しようするもの(契約法的アプローチ)と見て差し支えないものと思われる。
 本判決は、預金原資の出捐、通帳・キャッシュカードの保管、届出をした電話番号、申込書類の筆跡等が、いずれもBであることを認めた上、預金の帰属先をBと認定するものであり、最高裁の判例理論の射程内のものと思われる。

(3) Bの相続人の範囲

 「相続は、被相続人の本国法による」(法の適用に関する通則法36条)とされていることから、本件事例も、在日韓国人Bの相続は、その本国法である韓国法が適用され、Bの相続人の範囲は、これを参照することことになる。
 韓国相続法は、日本法と異なる点もあるが、直系卑属が第一順位の相続人になるとされているので(韓国民法1000条)、X1・X2がBの子であれば、相続人に該当することは日本法の場合と同様である。そのため、Bの相続人の範囲については、X1・X2がBの子であることをどう証明するかが重要である。
 これについて、韓国では、2008年1月に「家族関係の登録等に関する法律」が施行され、個人別に編成された家族関係登録簿に基づき、家族関係証明書、基本証明書等の発給により証明されることとされ、本判決でも、これらに基づき相続人が判定されている。
 なお、家族関係証明書には、「父母・養父母,配偶者,子女の姓名・性別・本・出生年月日及び住民登録番号」が記載され、基本証明書には、「本人の出生,死亡,国籍喪失・取得及び回復等に関する事項」等が記載される(同法15条)。
 本件事件では、Y1~3銀行が、出生証明書に「この母の出生した児の数」欄に3人と記載されていることから、BにはX1・X2以外の子のいる可能性があったが、判決理由の(2)に判示のとおり、不明のまま終始することとなった。そのため、Y1~3銀行としては相続預金の払戻しに躊躇せざるを得ない状況であったものと思われる。

(4) 遅延損害金の発生日

 預金払戻しに際して遅延損害金が発生するのは、債務者である金融機関が履行遅滞に陥った時からである。定期預金など債務の履行について確定期限があるときは、金融機関は、その期限の到来した時から遅滞の責任を負い(民法412条1項)、普通預金など債務の履行について期限を定められていないときは、金融機関は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う(同3項)。そして、履行遅滞に基づく損害賠償については、債務者は、不可抗力をもって抗弁とすることができない(同419条3項)。
 しかし、相続預金の払戻請求者が、預金者の相続人と自称しているだけで裏付け資料がない場合、その払戻請求に直ちに応じないと金融機関が履行遅滞の責任を負うのは不当とされ、遅滞責任を負うのは、必要な資料が金融機関に提示され、相続人の範囲などが明らかになったときと解されている(安西二郎「相続預貯金払戻請求訴訟の論点」判例タイムズ1355号57頁、森下哲朗「銀行による預金の払戻の拒絶」岩原紳作他編『会社・金融・法[下巻]』548頁参照)。
 以上によれば、本件事件では、対象の預金が被相続人に属するかどうかという問題に加え、相続人の範囲についても明らかではないという事情があり、そして、判決が確定するまでこの状況が続いていると考えれば、Y1~3銀行が遅滞の責任を負うのは判決確定の日からとする本判決の判断は妥当なものと考えられる。