数個の元本に対する充当指定のない一部弁済と消滅時効の中断
最三小判令2・12・15民集74・9・2259
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=89896
解説・評釈として、①中野琢郎・法曹時報73巻9号1831頁、②金山直樹・民商法雑誌158巻1号141頁、③瀬戸口祐基・金融法務事情2189号33頁をあげておく。①は、担当調査官の解説、②は判旨に批判する立場から、③は賛成の立場からの評釈である。これら以外については、③で網羅的に紹介されている。
1.事案の概要
Aは長男であるYに対して、平成16年10月に2,535千円(本件貸付①)、平成17年9月に4,000千円(本件貸付②)、平成18年5月に3000千円(本件貸付③)を貸し付けた。Yは、平成20年9月、弁済を充当すべき元本を指定しないで、Aに貸金債務の弁済として78万円余りを支払った。
Aは平成25年1月に死亡し、三女のXがYに対する貸付債権を全て相続し、平成30年8月、XはYに対して本件各貸付債権の弁済を求めて訴えを提起した。
これに対し、Yは、民法167条1項に基づき、本件貸付②および③に係る各債務の時効消滅を主張し、Xは、平成20年9月のYの弁済により債務が承認されたとして消滅時効の中断の効力が生じていると主張して争った。
第一審および控訴審は、平成20年9月のYの弁済は法定充当(改正前民法489条・改正後民法488条4項)により本件貸付①に係る債務に充当され、Yは充当された債務について承認したものであるから、消滅時効の中断が認められるとし、一方、本件貸付②③については、消滅時効は中断せず、時効により消滅したとして、Xの請求を本件貸付①に係る残元金とその遅延損害金の支払を求める限度で認め、本件貸付②③に係る債務についての請求を棄却した。
そこで、Xが上告受理申立てをした。
2.判決要旨
同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合において、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときは,当該弁済は、特段の事情のない限り、上記各元本債務の承認(民法147条3号)として消滅時効を中断する効力を有すると解するのが相当である(大審院昭和13年6月25日判決・大審院判決全集5輯14号4頁参照)。なぜなら、上記の場合、借主は、自らが契約当事者となっている数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在することを認識しているのが通常であり、弁済の際にその弁済を充当すべき債務を指定することができるのであって、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をすることは、特段の事情のない限り、上記各元本債務の全てについて、その存在を知っている旨を表示するものと解されるからである。
本件事案では、平成20年9月のYの弁済がされた当時、AとYとの間には本件各貸付けに係る各債務が存在し、Yは弁済を充当すべき債務を指定しなかったのであり、Yの弁済が本件貸付②③に係る債務の承認としての効力を有しないと解すべき特段の事情はうかがわれないので、Yの弁済は、本件貸付②③に係る債務の承認として消滅時効を中断する効力を有するとして、Xの請求を認容した。
3.本判決のチェックポイント
(1) 本判決の意義
本判決は、2017年民法改正前の事件である。
改正前民法によれば、一般の債権は、権利を行使することができる時から10年間、これを行使しないときは消滅するものとされ(同167条1項)、債務の承認等の時効の中断事由(同147条3号)があれば、時効の完成は阻止され、中断した時効は、その中断の事由が終了した時から、新たにその進行を始める(同157条1項)。本判決は、同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく元本債務が存在する場合に、借主による充当の指定のない一部弁済が債務の承認として消滅時効の中断の効力が認められるかを問題にしたものである。判旨は、大審院昭和13年6月25日判決を踏襲するものであり、また、実務の考え方(吉岡・渡邊ほか編『時効管理の実務』237頁(平成19年、きんざい)参照)にも合致するが、最高裁として初めて、その理由も付して判断を示したものとして、判例法上、重要な意義を有する。(中野①1836頁以下でも大審院判決との関係を詳細に論じている。)
改正後の民法では、債権は、債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき、また、権利を行使することができる時から10年間行使しないときには、時効によって消滅するとされ(同166条1項)、債務の承認があったときには、時効は更新され、その時から新たにその進行を始める(同152条1項)。
このように、改正の前後を通じて承認に関する規律は実質的に変更されていないので、本判決は改正前のものであるが、2017年改正後の時効の更新制度との関係においても、先例としての意義を有するもの位置づけられる。
2023/02/05追記
オリオンの会(弁護士法人中央総合法律事務所の会議室をお借りして開催する法律実務の研究会)において、充当すべき債務を指定せずに弁済が行われたとき、返済を受けた債権者において、複数口の債務すべてに按分して充当指定するという実務が紹介された。
(2) 時効中断(更新)事由としての承認
本判決は、「借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく弁済をすることは、特段の事情のない限り、上記各元本債務の全てについて、その存在を知っている旨を表示するものと解される」ので、「当該弁済は、特段の事情のない限り、上記各元本債務の承認として消滅時効を中断する効力を有する」とするものである。
学説は、承認について、「時効の利益を受けるべき者が、時効によって権利を失うべき者に対して、その権利の存在を認識し、争わない旨を表示すること」とし、これにより、「権利者は権利保全のために特別の措置を講じる必要があるとは考えないことが普通であり、そのことを責められない」ので、承認があったときに時効中断(更新)の効力が生じると説く(佐久間毅『民法の基礎1総則[第5版]』427頁)。この考え方に基づき、判例は、債務の一部弁済について、債務の承認を意味するものと解している(大判大正8.12.26民録25輯2429頁、最判平成25.9.13民集67巻6号1356頁)。
本判決は、Yによる一部弁済が本件貸付①に係る債務に充当され、これが法定充当であっても、本件貸付①に係る債務の承認にあたることを認める。本件貸付②③に係る債務については、本件貸付①に係る債務についての一部弁済が、Yが本件貸付②③に係る債務の存在を知っている旨を表示したものと解し、時効中断(更新)事由に該当するとする。
このように本判決は、Yがその存在を知っている旨を表示したことが承認と解するものであるが、上記の判例・学説の理解とは必ずしも合致しないように思われる。債務の存在を知っている旨の表示が、債権者の権利の存在を認め、争わない旨を意味するものではないからである。(この点を問題にするものとして、金山②155頁以下参照)
そうすると、本判決は、同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合において、借主が弁済を充当すべき債務を指定することなく全債務を完済するのに足りない額の弁済をしたときは,当該弁済は、上記各元本債務の承認に該当するという新たなルールを設定したものと理解できる。
(3) 実務上の留意点
本判決は、「同一の当事者間に数個の金銭消費貸借契約に基づく各元本債務が存在する場合」において、債務者の充当指定のない一部弁済について、債務の承認の効果を認めたものである。そのため、同一当事者間に、例えば売買契約に基づく代金債務が存在しており、これら債務に充当指定のない一部弁済がされたとしても、債務のすべてについて承認が認められるということにはならないだろう。
また、本判決は、「特段の事情のない限り」という留保が付されており、これがどのような場合を指すかが問題になる。債務者が各元本債務のすべてについて存在を認識していない場合をいうことから、例えば債務を相続した場合は、「特段の事情」に該当すると考えられ、他の債務について弁済があったとしても、相続した債務の承認があったとは認められないことになろう(瀬戸口③43頁参照)。