インサイダー取引規制と「取引推奨」
いわゆる「うっかりインサイダー」とは?
14~15年くらい前、「うっかりインサイダー」ということばを耳にしたことがある。金商法で禁止されている「インサイダー取引」は、会社関係者など会社との間に特別の関係を有する者が、その会社の重要情報を知って、これが公表される前に株式等の取引をすることをいうが、これを規定する条文は、小型六法の数頁を費やすほどの長大なものであり、また、内面面でも、理解が容易でないことに加え、改正も多いことから、どこまでが許容され、どこからが違反なのかの見通しも明確ではないので、「うっかりやってしまった」もあり得ることを指すものらしい。
インサイダー取引規制については、過去から各企業において未然防止体制が構築されると共に、コンプライアンスの取組みにおいて必須項目の1つとして位置づけられ、対策が講じられているものと思われるが、証券取引等監視委員会の報道発表を見る限り、その効果が上がっているか疑わしい。
その要因としては、いくつかのことが考えられるのが、2014年の金商法改正による「取引推奨規制」の導入とその影響も見逃せないように思う。
2014年金商法改正で追加されたインサイダー取引規制
インサイダー取引は、①会社関係者などの規制(金商法166条)、②公開買付担当者などの規制(同法167条)に加え、2014年金商法改正で追加された③情報伝達・取引推奨規制がある(同法167条の2)。
③は、未公表の重要事実を知っている会社関係者(上場会社や主幹事証券会社の役職員など)が、他人に対して「公表前に取引させることにより利益を得させる目的」をもって情報伝達・取引推奨を行うことを禁止するものである。目的要件という主観的違法要素のあることが特徴である。
取引推奨の事例としては、証券取引等監視委員会による株式会社アイ・アールジャパンホールディングス株券に係る取引推奨事件の告発事例が注目される(2023年6月6日公表)。
事件は、同社代表取締役副社長兼最高執行責任者が、重要事実(業績予想の下方修正)の公表前に、同社株券の売付けを交際相手の女性2人に勧めたものであり、公表前に売り抜けた女性は合計2000万円の損失を回避できたというものであった。東京地裁は、元副社長に、取引推奨に係るインサイダー取引規制違反で、懲役1年6月、執行猶予3年の判決を言い渡した。
取引推奨規制の重要性
この問題に関しては、日経10月27日付朝刊「揺れた天秤~法廷から~」でも取り上げられており、「上場企業の幹部には経営に関する重要情報が多く入る。株式相場に影響する未公表情報に基づいて株取引すれば『インサイダー取引』の罪に問われる。だが、情報を伝えずに他人に取引を促す『推奨行為』も禁止されていることは十分浸透していないのかもしれない。」とする書き出しの分析がある。
アイ・アールジャパンホールディングスの副社長氏は、大手証券会社での勤務経験もあり、この業界のプロフェッショナルとして職務遂行が期待されていたにもかかわらず、この規制の存在が、「十分浸透していないのかもしれない」と評される故の問題が感じられ、金融機関のコンプライアンス体制の確立という点から見ても、重要なポイントとなろう。