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担保不動産競売において「破産免責を受けた債務者の相続人」は買受けの申し出ができるか

最一小決令和3.6.21民集75巻7号3111頁
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=90418
評釈・解説として、船所寬生・法曹時報75巻1号216頁、佐藤鉄男・事業再生と債権管理177号190頁、倉部真由美・令和3年度重要判例解説117頁、高田賢治・法学教室496号128頁、工藤敏隆・私法判例リマークス66号122頁、大澤慎太郎・民事判例25-2022年前期94頁、新・判例解説Watch民事訴訟法№131、河野正隆・法政論集294号87頁、岡田洋一・法律論叢95巻2-3号合併号47頁等を参照。

1.裁判の概要

 Aは自己所有の土地建物に根抵当権を設定して融資を受けていたが、期日になっても返済できなかったので、平成25年12月、横浜地方裁判所において、Aを債務者とする根抵当権の実行としての競売開始決定がされた。また、Aは、平成26年6月、破産手続開始決定を受け、同年9月に破産手続廃止・免責許可の決定を受けた。[上記根抵当権の被担保債権は、上記免責許可の決定の効力を受けるものである。]
 Aは、平成27年2月に死亡し、その子であるX等がAを相続した。
 令和2年12月に開かれた本件競売事件の開札期日において、執行官はXを最高価買受申出人と定めたが、執行裁判所は、本件競売事件の債務者であったAの相続人であるXは上記土地建物を買い受ける資格を有せず、民事執行法188条において準用する同法71条2号に掲げる売却不許可事由があるとして、Xに対する売却不許可決定をした(横浜地決令和2.12.21)。
 Xは執行抗告をしたところ、原決定(東京高決令和3.2.9)は、担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け、同競売の基礎となった担保権の被担保債権がこの効力を受ける場合であっても、当該債務者の相続人は民事執行法188条において準用する同法68条にいう「債務者」に当たるために、売却不許可事由があるとして、Xの執行抗告を棄却した。
 そこで、Xが、抗告許可の申立てをしたところ、これが許可され、抗告審において、以下の理由で原決定を破棄し、その他の売却不許可事由の有無につき審理を尽くさせるため、本件を横浜地裁に差し戻した。
 [差し戻しを受けた横浜地裁では、改めて期日を開いて売却不許可事由の有無につき判断することになるが、通常、他の売却不許可事由があることはまれであるので、売却許可の決定がされることになると思われる。]

2.決定理由(最高裁)

(1) [民事執行]法188条において準用する法68条によれば、担保不動産競売において、債務者は買受けの申出をすることができないとされている。これは、担保不動産競売において、債務者は、同競売の基礎となった担保権の被担保債権の全部について弁済をする責任を負っており、その弁済をすれば目的不動産の売却を免れ得るのであるから、目的不動産の買受けよりも被担保債権の弁済を優先すべきであるし、債務者による買受けを認めたとしても売却代金の配当等により被担保債権の全部が消滅しないのであれば、当該不動産について同一の債権の債権者の申立てにより更に強制競売が行われ得るため、債務者に買受けの申出を認める必要性に乏しく、また、被担保債権の弁済を怠り、担保権を実行されるに至った債務者については、代金不納付により競売手続の進行を阻害するおそれが類型的に高いと考えられることによるものと解される。
(2) しかし、担保不動産競売の債務者が免責許可の決定を受け、同競売の基礎となった担保権の被担保債権が上記決定の効力を受ける場合には、当該債務者の相続人は被担保債権を弁済する責任を負わず、債権者がその強制的実現を図ることもできなくなるから、上記相続人に対して目的不動産の買受けよりも被担保債権の弁済を優先すべきであるとはいえないし、上記相続人に買受けを認めたとしても同一の債権の債権者の申立てにより更に強制競売が行われることはなく、上記相続人に買受けの申出を認める必要性に乏しいとはいえない。また、上記相続人については、代金不納付により競売手続の進行を阻害するおそれが類型的に高いとも考えられない。
 そうすると、上記の場合、上記相続人は、法188条において準用する法68条にいう「債務者」にあたらないと解するのが相当である。

3.本件のチェック・ポイント

(1) 民事執行法の規定と本決定の判断構造

 強制競売について、「債務者は、買受けの申出をすることができない」(民事執行法68条)とし、これを担保不動産競売にも準用する(同法188条)のが、現行法である。
 1979年民事執行法制定前は、明文規定がなく学説も分かれていたが、改正に当たって、①債務の弁済を優先すべきであること、②再度の競売による手続の無益化、複雑化があり得ること、③競売手続の進行を阻害するおそれが考えられること等の理由をあげ、当時の通説であった否定説を採用したものである。担保不動産競売について、改正前は、債務者の買受申出資格を肯定するのが通説であり、実務の取扱いであったが、強制競売と同様の取扱いが適当とされ、188条の準用規定が設けられた。
 本決定は、2-(1)において、上記①②③をあげて、担保不動産競売において、債務者は買受申出資格を有さないとする。しかし、担保不動産競売の債務者が破産免責許可の決定を受け、同競売の基礎となった担保権の被担保債権が同免責許可決定の効力を受ける場合の債務者の相続人については、2-(2)において、上記①②③は妥当しないとして、買受申出資格を認めるものである。

(2) 免責許可決定を受けた債務者の相続人の買受申出資格

 免責許可決定を受けた債務者の相続人については、債務者を強制競売の買受人資格から除外した上記①②③は妥当しないということに関して、本決定の2-(2)は、①被担保債権を弁済する責任を負わず、債権者がその強制的実現を図ることもできなくなるから、目的不動産の買受けよりも被担保債権の弁済を優先すべきであるとはいえないこと、②買受申出資格を認めたとしても同一の債権の債権者の申立てによりさらに強制競売が行われることはなく、買受申出資格を認める必要性に乏しいとはいえないこと、③代金不納付により競売手続の進行を阻害するおそれが類型的に高いとも考えられないことによるものとする。
 破産免責は、個人破産者について、その経済的再生を目的とし、破産手続終了後に、申立てにより、破産債権について、その責任を免れさせることができるようにするものである(破産法253条1項)。免責の効力を受ける債権は、債権者は訴えをもって履行を請求しその強制的実現を図ることができなくなるので(最判平成11.11.9民集53巻8号1403頁)、その債務者の相続人は、上記①②のように、被担保債権の弁済を優先すべきとはいえないし、同一の債権の債権者の申立てによりさらに強制競売が行われることはない。また、上記③のように、免責許可決定を受けた債務者の相続人が、代金不納付により競売手続の進行を阻害するおそれが類型的に高いとする根拠もない。
 そうすると、免責許可決定を受けた債務者の相続人が、仮に民事執行法188条において準用する同法68条の「債務者」に該当するとしたとしても、実質的には免責許可決定を受けた債務者の相続人の買受申出資格を否定すべき理由はないと考えられるべきであろう。

(3) 担保不動産競売と破産免責許可決定・相続

 別除権の目的となる担保権は、破産手続によらないで行使できることから(破産法65条1項)、当該担保権の被担保債権の債務者に破産免責許可決定があったとしても、担保不動産競売の手続に影響が及ぶことはない。
 そして、このような債務者について相続が開始された場合、本決定によって、相続人は当該債務を弁済する責任を負わず、債権者がその強制的実現を図ることもできないという、いわゆる「自然債務」になって、その状態で相続人に承継され、相続人の担保不動産競売の買受申出資格が認められることになる。
 破産手続が開始されても、担保不動産競売の手続はそのまま進行するので、相続人が競売の目的不動産を自己が居住するなどの目的を達するためには、これを競落するほかなく、本決定によってこれが認められることになったのである。ただし、破産免責許可決定を得ないとこのような結果を得ることはできないので、この観点から、破産免責の意義が認められることになろう。