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自動両替機内の金銭に対する「信託」の成否

大阪高判令和4.5.27判タ1508号54頁

1.事件と裁判の経緯

 Xらは、A社との間で、「邦貨・外貨両替機管理委託契約」(以下、「本件契約」)を締結し、これに基づき、XらはA社に両替準備資金を振込送金のうえ、A社はホテル内に設置した両替機に邦貨および外貨の両替金を装填し、両替機から金員を回収して集計を行い、その結果をXらに通知していた。A社は金銭運搬および両替機管理の業務および現金の警備輸送業務をB社に再委託していた。
 なお、Xらが両替準備資金を振込送金したA社名義口座は、Xらのための専用入金口座ではなく、A社の他の業務の支払にも用いられている一般口座であった。
 その後A社が破産し、XらがA社に振込送金した両替準備資金(以下、「本件保管金」)は、破産財団に組み入れられたので、Xらは、A社破産管財人Yに対して、本件契約が信託契約であり、両替機内から回収された邦貨・外貨からなる保管金は信託財産であり、破産法62条の取戻権の対象になる等と主張し、不当利得返還請求権に基づき、邦貨の支払および外貨の引渡しを求めた。
 原審(大阪地判令和3,10.28)は、本件保管金は信託財産とはいえないとして、Xらの請求を全部棄却した。これに対し、Xらは本件保管金の所有権がXらに帰属するとして、新たに所有権に基づく引渡請求を主位的請求として追加し、信託構成による従前の請求を予備的請求として控訴した。
 控訴審判決(本判決)は、金銭所有権に基づくXらの主位的請求は、金銭の所有権は占有と一致するので、A社が占有し保管している金銭についてXらの所有権は認められないとして棄却し、信託構成による予備的請求については、次の理由により、本件契約は信託契約であるとは認められないとして、控訴を棄却した。

2.判決理由

 「信託契約の要素が、受託者の固有財産と信託財産との分別管理義務を設定し、信託財産を受益者のために確保、保全する点にあり、受託者の分別管理義務はその基本的債務であることに照らせば、信託契約の成立には、契約当事者間に分別管理義務の設定について明示的な合意があるか、少なくとも受託者が託された財産を確保する上で必要な特定性及び独立性をもった管理、保管を行う義務を負うことを基礎づける事実について当事者間に合意があるなど、同義務の設定されることが契約上予定されていることを要するものと解される。」
 「本件各契約書では、A社の受託業務は、金銭運搬等業務両替機管理業務及び機械警備業務とされており、A社が本件両替機内の現金について、本件各両替機の運営とは別に、その独立性を確保するための特別な保管業務を負うような条項もない。したがって、XらとA社が、本件各契約においてA社の分別管理義務を定めたということはできず、これを基礎付ける事実についての合意もないのであるから、A社の分別管理義務の設定されることが本件各契約上予定されていたともいい難い。」
 「本件各両替機内に本件金員が物理的に他から隔絶された状態で存在することや両替機内の金員の出入りについてXらに報告されることは、本件各両替機の運営業務の遂行のために設けられた仕組みである。したがって、当該仕組みのみから、本件各契約において明示的に合意された A 社の主たる債務と別途、A 社に本件金員の保全義務を生じさせるに足りる独立性、特定性がただちに生じるとまではいい難い。」
 「加えて、Xらが拠出する両替準備資金そのものは、Xらの振込金を専用管理する預金口座ではなく、A社の一般的な事業に用いられる預金口座に振り込まれ、同口座に入金された金員について、本件各契約以外の用途に用いることは本件契約上特に禁じられておらず、現にA社の本件各契約以外の入出金のために用いられている。そうすると、本件両替機内の本件金員について物理的に隔絶されているとしても、その源泉となる両替準備資金については、およそ A社固有の財産から分別された状態で管理されていたともいえない。」
 「Xらは、本件金員について、両替機内の邦貨及び外貨の回収時の内訳等はB社の提供するシステムにより、両替機中の金銭(邦貨・外貨)の内訳等はA社からXらに対し交付されていた日次集計表により、それぞれ明確化されていたから、信託法34条1項2号ロの定める金銭の分別管理の方法である「その計算を明らかにする方法」が満たされている旨主張する。……信託法34条1項2号ロは、信託契約の成立が認められる場合において、信託法上、受託者に要求される分別管理義務の内容を示したものにすぎず、当該内容を満たすような分別管理がされておれば、当然に信託契約であると認めるべきことを定めた規定ではない。」
 「……当事者間において、本件各両替機内の本件金員をA社の固有財産とは区別してXらの信託財産として分別管理する意思があったことを認めるに足りるものではない。」

3.本判決のチェックポイント

(1) 信託法の規定とその解釈

 「信託」とは、信託法2条1項により、信託契約、遺言などの方法により、特定の者が一定の目的に従い財産の管理または処分およびその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべきものとすることと定義されている。そして、信託財産に属する財産については、強制執行等が制限され(同法23条)、受託者が破産手続開始の決定を受けた場合であっても、破産財団に属さないという効果が生じる(同法25条1項)。
 信託契約による信託の設定(信託の成立)は、信託法では、特定の者との間で、当該特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨ならびに当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理または処分およびその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約を締結する方法によってする旨が規定されている(同法3条1号)。ただし、本判決は、信託の成立について、受託者の信託財産に対する分別管理義務を合意の内容として要求するという立場をとる。
 何を根拠に、分別管理義務の合意という、条文にはない要件が求められるか、問題になる。

(2) 分別管理義務の位置づけ

 分別管理義務ないし分別管理を有無を問題にして、信託契約の成否を判断した先例として、大阪高判平成20.9.24判タ1290号284頁(否定した事例)、東京地判平成24.6.15判時2166号73頁(肯定した事例)がある。本判決は、これらに続くものである。
 本判決によれば、信託契約は、受託者の固有財産と信託財産との分別して、信託財産を受益者のために確保、保全する点にあることからして、「受託者の分別管理義務はその基本的債務」であり、「信託契約の成立には、契約当事者間に分別管理義務の設定について明示的な合意があるか、少なくとも受託者が託された財産を確保する上で必要な特定性及び独立性をもった管理、保管を行う義務を負うことを基礎づける事実について当事者間に合意があるなど、同義務の設定されることが契約上予定されていることを要するものと解される」とする。先例も、その判旨で、分別管理ないし分別管理義務を問題とする点では同様である。
 有力学説も同様、信託法3条1号の合意以外に、信託の特徴としての効果を生じさせる合意を必要とする。ただし、合意の内容として、分別管理義務に止まらず、例えば、当事者間で交付される金銭について目的拘束の合意があり、かつ目的制限を保障するための実効化措置が仕組まれていることを必要と論じる立場があり(佐久間毅『信託法をひもとく』13頁)、その広狭について見解の一致を見ていない。
 本判決のように、受託者の分別管理義務を合意内容とすることの重要性は当然としても、これで足りるかどうかは今後に委ねられた問題である。