不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金の元本組入れ
最三小判令4・1・18民集76・1・1
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=90853
笹本哲朗・法曹時報75巻2号439頁、北居功・民商法雑誌158巻6号1422頁、若林三奈・令和4年重要判例解説61頁、益井公司・リマークス66号38頁、大久保邦彦・判例評論769号2頁、原田昌和・ジュリ1574号91頁、加藤新太郎・NBL1223号91頁、白石友行・新判例解説Watch民法(財産法)№232ほか
1.裁判の概要
(1) Y1会社の株主であったXが、Y1会社の違法な新株発行等により自己の保有する株式の価値が低下して損害を被ったとして、Y1会社の代表取締役であるY2に対しては民法709条等に基づき、Y1会社に対しては会社法350条等に基づき、損害賠償金647百万円の連帯支払を求めて訴えを提起した。
(2) Xの訴状は、平成27年4月に、Y1会社・Y2に送達された。Xは、平成27年6月25日、Y1会社・Y2に対し、民法405条に基づき、上記の損害賠償債務について同日までに発生した遅延損害金を元本に組み入れる旨の意思表示をした(組入後の元本は720百万円)。
(3) 原審(東京高判令和2.5.20金判1648号9頁)は、本件新株発行について不法行為が成立するとして、Xの請求の一部を認容したが、その際、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金について民法405条は適用または類推適用されず、遅延損害金を元本に組み入れることはできないと判断した。
(4) Xは、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金に民法405条が適用または類推適用されないとすれば、損害賠償をしない怠慢な債務者を保護することになるなどと主張して、最高裁に上告受理申立てをしたところ、次の理由により、Xの上告は棄却された。
2.判決理由
(1) 民法405条は、いわゆる重利の特約がされていない場合においても、一定の要件の下に、債権者の一方的な意思表示により利息を元本に組み入れることができるものとしている。これは、債務者において著しく利息の支払を延滞しているにもかかわらず、その延滞利息に対して利息を付すことができないとすれば、債権者は、利息を使用することができないため少なからぬ損害を受けることになることから、利息の支払の延滞に対して特に債権者の保護を図る趣旨に出たものと解される。そして、遅延損害金であっても、貸金債務の履行遅滞により生ずるものについては、その性質等に照らし、上記の趣旨が当てはまるということができる(大判昭和17.2.4民集21巻107頁参照)。
(2) これに対し、不法行為に基づく損害賠償債務は、貸金債務とは異なり、債務者にとって履行すべき債務の額が定かではないことが少なくないから、債務者がその履行遅滞により生ずる遅延損害金を支払わなかったからといって、一概に債務者を責めることはできない。また、不法行為に基づく損害賠償債務については、何らの催告を要することなく不法行為の時から遅延損害金が発生すると解されており(最三小判昭和37.9.4民集16巻9号1834頁参照)、上記遅延損害金の元本への組入れを認めてまで債権者の保護を図る必要性も乏しい。そうすると、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金については、民法405条の上記趣旨は妥当しないというべきである。
したがって、不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金は、民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることはできないと解するのが相当である。
3.本判決のチェックポイント
(1) 法定複利が認められる場合と認められない場合
民法405条によれば、①利息の支払が1年分以上延滞し、②債権者がその支払を催告をしても、③債務者がその利息を支払わないときは、債権者は債務者に対してその旨の意思表示することにより、延滞した利息を元本に組み入れることができる。1年分以上の延滞利息を元本に組み入れ、これに対してさらに利息を生じさせることを定めるものであることから、「法定複利(重利)」と言われている。
この趣旨については、判決理由(1)でも指摘されているように、「債権者は、利息を使用することができないため少なからぬ損害を受ける」ことになるため、「利息の支払の延滞に対して特に債権者の保護を図る趣旨に出たもの」とするのが、従来から判例がとってきた立場でもある(大判大正6.3.5民録23輯411頁参照)。
ところで、民法405条でいう「利息」に、遅延利息(遅延損害金)が含まれるのかは、ひとつの問題でなる。というのは、「利息」は元本使用の対価であり、金銭債務の不履行について生じる損害賠償としての遅延利息(民法419条1項)とは区別されるからである。しかし、判決理由(1)において引用された大判昭和17.2.4民集21巻107頁は、金銭消費貸借で返済が遅延した事案において、遅延利息(遅延損害金)も元本使用の対価という性質を失っていないことなどを理由に、民法405条の「利息」には、遅延利息(遅延損害金)も含まれる旨を判示する。
これに対して、本判決で問題にされたのは、不法行為の損害賠償金の遅延利息(遅延損害金)であり、これには判決理由(1)の考え方は及ばない旨を述べるのが、判決理由(2)である。この理由は、貸金債務の履行遅滞の場合に生じる遅延利息は、約定利息の存在を前提としてこれと類似の性質を有するものであるのに対して、不法行為の損害賠償金の遅延利息はそのような性質を有さないものと考えられるからである。
(2) 不法行為損害賠償金の遅延利息(遅延損害金)の元本組入れ
この問題に関する下級審裁判例は、交通事故の人身損害賠償請求事案で、肯定・否定の両説が見られる。しかし、本判決は、交通事故の人身損害賠償請求事案ではないが、同じ不法行為の損害賠償請求の事案において、否定説をとることを明きらかにした。
これについて、判決理由(2)は、①不法行為に基づく損害賠償債務は、貸金債務とは異なり、債務者にとって履行すべき債務の額が定かではないことが少なくないから、債務者がその履行遅滞により生ずる遅延損害金を支払わなかったからといって、一概に債務者を責めることはできないこと(債務者の帰責性に基づく理由)、②不法行為に基づく損害賠償債務については、何らの催告を要することなく不法行為の時から遅延損害金が発生すると解されており(判例)、遅延損害金の元本への組入れを認めてまで債権者の保護を図る必要性が乏しいこと(債権者の要保護性に基づく理由)の2点をあげる。
学説からは、①②の理由付けは説得的ではないとする批判が向けられる(とくに②について、不法行為の時から遅延損害金が発生するからといって、債権者が保護を受けているとはいえない、とするものがある)。しかし、不法行為損害賠償金の遅延には他人の元本使用という事実もないことから、本判決の結論には賛成する。
(3) 本判決の意義と限界
不法行為損害賠償金の遅延利息(遅延損害金)について、民法405条の適用または類推適用による元本組入れが認められるかどうかという問題について、否定説を採用した初めての最高裁判例として、本判決は重要である。
この射程は、自動車損害賠償保障法3条の損害賠償責任など不法行為法上の損害賠償責任全般に及ぶと解されているが、債務不履行による損害賠償債務の遅延損害金については本判決の射程外とされている。
なお、本判決のように、不法行為損害賠償金の遅延利息を単利方式で計算することになると、複利方式で計算することとされている「中間利息控除」は、そのままでよいのかが問題にされているが、本判決は言及しておらず今後の検討に委ねられる。