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分別の利益を知らずにした負担部分を超える弁済

 


1 はじめに

 数年前のことではあるが、日本学生支援機構の奨学金を借り受けた本人と連帯保証人が返済できない場合に、半額しか支払いの義務がない普通保証人に全額の支払いを求めたことを問題とする新聞報道がされた[1]。弁護団(奨学金問題対策全国会議)も形成されており、支払いに応じた保証人が原告となる訴訟事件もいくつか報告されている。このうちの1つである、日本学生支援機構に対する過払い金など計約227万円の返還を求めた事件について、原告の請求のほとんどを認容する控訴審判決(札幌高判令和4・5・19裁判所Website)が、本年になって公表された[2]。本報告はこれを素材とするものである。

 本件において法律上の問題になったのは、保証人が「分別の利益」(民法456条による同427条の適用)を知らずに、自己の負担部分を超える保証債務を弁済した場合において、後日その保証人は、自己の弁済の効力を否定できるかということである。

 本判決は、原審判決とともに、共同保証人の保証債務は、分別の利益により、法律上当然に分割されるとし、その上で、自己の負担を超える保証債務を日本学生支援機構に対してした弁済は非債弁済にあたり、日本学生支援機構に対して不当利得返還請求権を有するものとした。そして、日本学生支援機構は、悪意の受益者として、民法704条により、その受けた利益に利息を付して返還しなければならないものとした。

 ところで、「分別の利益」については、実務上もっぱら活用されている連帯保証では、保証人がこれを有さないことから[3]、問題になることはほとんどない。その意味で、本件訴訟は特異な事例である。また、日本学生支援機構には、保証人に対し分別の利益を説明すべき義務があり、これを怠ったことを問題とした事例と考えれば、「ここでの考え方を民法法理として一般化することは慎重を要する」[4]との指摘ももっともなところがある。しかし、本件訴訟では、事案の特異性はさほど問題にならず、「分別の利益」をめぐる一般的な問題として争われた。

そこで、以下の本報告では、原審および控訴審の判決に即して、①分別の利益の法的性質を踏まえ、②これを知らずにした負担部分を超える弁済の効力について、上記の意味での事案の特殊性は考慮に入れず検討を行うこととする。

 


2 近時の裁判例

[事実]

 日本育英会(現独立行政法人日本学生支援機構・Y)から第2種奨学金を借り受けた元奨学生A・Bの保証人であったX1・C(相続人X2が承継)が、それぞれ、他に共同保証人が存在したから、分別の利益により、その保証債務額は各奨学金返還残債務の2分の1であったのに、Yの請求により、自己の保証債務額を超える金額の支払を余儀なくされた。そこで、X1・X2は、Yが同額の金員の受領につき悪意の受益者であるなどと主張して、不当利得返還請求権に基づき、同額ならびに民法704条に基づき、それぞれ各受領日の翌日からYに対して返還請求をした日までの民法所定の年5分の割合による利息の返還および返還請求をした日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求するとともに、Yによる上記請求が不法行為に当たり、これにより精神的苦痛を被ったとして、慰謝料および訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。

 A・Bの連帯保証人には、それぞれの父がついていたが、Yは、日本育英会が行う学資金回収業務の方法に関する省令4条および独立行政法人日本学生支援機構に関する省令28条により、A・Bまたは連帯保証人に対する督促によっては割賦金の返還を確保することが困難であるとして、連帯保証人以外の保証人であるX1・Cに対して保証債務全額の返還を請求したものである。

 なお、Xの分別の利益の主張に対して、Yは、Xが分別の利益の抗弁をしない限りは通常の保証と同様に主債務全額に相当する保証債務を各自負担すると主張した。

◇札幌地判令和3・5・13裁判所Website・消費者法ニュース129号192頁
一部認容・一部棄却
[判決理由]
(1)「金銭債務などの可分債務は、民法427条により、債務者の特段の権利主張を要することなく当然に分割債務になるのであって、分別の利益を規定した民法456条は、国によって立法例が分かれていることによる疑義をなくし、数人が各別の行為で保証した場合も含むことを示すために設けられた規定に他ならない。実際、民法456条は、「保証人は、…請求することができる。」(民法452条。いわゆる催告の抗弁)、「保証人が…証明したときは…」(民法453条。いわゆる検索の抗弁)とは異なり、分別の利益の効果発生に保証人の何らかの行為を要求していない。また、民法456条が保証人に分別の利益を認めた趣旨は、保証人の保護と法律関係の簡明のためであるが、かかる趣旨に照らしても、主たる債務が可分債務である場合には、各保証人は平等の割合をもって分割された額についてのみ保証債務を負担すると解するのが相当である。」として、分別の利益を抗弁権と解するYの主張を排斥する。そして、「債権者が数人の保証人の1人のみを相手に全額の保証債務の履行を求める訴えを提起した場合に、他に保証人がいる旨の抗弁が主張されない限り、全額の支払を命ずる判決がなされることになるが、これは、実体法上の要件の主張責任が各当事者に分配され、各自が立証責任を負う要件事実を主張しなかった結果に過ぎない。」

(2) 「保証人が、分別の利益を有していることを知らずに、自己の負担を超える部分を自己の保証債務と誤信して債権者に対して弁済した場合には、この超過部分に対する弁済は、保証債務を負っていないのに、錯誤に基づき自己の保証債務の履行として弁済をしたものといえるから、「債務者でない者が錯誤によって債務の弁済をした場合」(民法707条1項)、すなわち非債弁済に他ならない。そのため、保証人による自己の負担を超える部分に対する弁済は無効であって、保証人は、債権者に対し、当該超過部分相当額の不当利得返還請求権を有するというべきである。」

(3) 「分別の利益を有する保証人から、負担限度を超える支払を受けた場合、これが無効な弁済であり法律上の原因を欠くものとして不当利得になるのか否かについては、種々の見解が激しく対立しており、いずれの見解を是とすべきかは必ずしも明らかとはいえなかったし、この点に関する裁判例も必ずしも明確とはいえない。そうすると、Yが、負担限度を超える支払を受けることについて法律上の原因があると考えて、分別の利益を援用しなかったX1・亡Cから本件奨学金1・2の残債務の2分の1を超える支払を受けたという本件において、後にその考えを当裁判所に否定されたからといって、支払を受けた当時において当然に悪意の受益者であったということはできない。」

(4) 「保証人としては,主債務者等に後日求償権を行使したり、あるいは,単純に主債務者等を援助する趣旨などから,自己の負担部分を超える部分についても弁済を行うか否かを選択できる立場にあるのであり、YがX1・亡Cに対して全額の支払を請求したことが、直ちに不法行為に当たるということはできない。また、上記のとおり,分別の利益を有する保証人が支払義務を負う範囲について種々の見解が激しく対立しており,いずれの見解を是とすべきかが必ずしも明らかではなかったという状態において、Yが,X1・亡Cに対して、分別の利益について説明すべき法的義務を負っていたということもできない。」

◇札幌高判令和4・5・19裁判所Website
Yは、原審判決の取消しを求めて控訴し、Xらは、Yが悪意の受益者に該当するとして、原審判決の変更を求めて附帯控訴した。
Xの請求一部認容、Yの控訴棄却
[判決理由]
(1)分別の利益を抗弁とするYの主張について
 控訴審においてYは、①連帯債務者間の求償に関する民法442条1項において、「負担部分」という用語は、連帯債務者間の対内的関係について用いられていることに照らせば、分別の利益を有する共同保証人間の求償について規定する民法465条2項の「負担部分」という語も、対内的関係について用いられていると解するべきであること[5]、②共同保証人は、主債務者から、主債務の全額について委託を受けて、債権者との間で保証契約を締結していること、③日本育英会が行う学資金回収業務の方法に関する省令4条ないし7条および独立行政法人通則法等の規定に基づく独立行政法人日本学生支援機構に関する省令28条ないし31条において、単純保証人に対する請求は、元奨学生や連帯保証人に対する請求と同列に規定されており、元奨学生が延滞している割賦金及び元奨学生に賦課する延滞金の全部を請求することとされていること等を理由に、「単純保証人の保証債務は、民法427条、456条により、共同保証人の存在によって、当然に頭数に応じた平等分割になるのではなく、保証人側の分別の利益の主張をもって、保証人の数に応じて分割されると解するべきである」と追加主張した。

 これに対して判決は、①について、「分別の利益は、数人の共同保証人がある場合に、保証人の債権者に対する関係における問題であって、保証人と債務者又は保証人相互の内部関係についてはかかわりがないものである(最三小判昭和46.3.16民集25巻2号173頁参照)」とし、②について、「各共同保証人が、主債務の全額について主債務者からの委託を受けているとしても、これが分別の利益に影響する理由はない」とし、③について、「本件省令等の定めは、単に法令の委任により、学資貸与金の回収の業務の方法について定めたものにすぎないし、そもそも民法典の規定による権利の消長を下位法である省令によって変更することはできない」として、Yの主張を排斥する。

(2)Yの「悪意の受益者」該当性について
「Yは、X1及び亡Cから保証債務の履行として支払を受けた時点において、上記両名の他にそれぞれ連帯保証人がいることを知っていたのであるから、不当利得が発生する根拠となる事実関係については、全て知悉していたものである。また、Yは、X1及び亡Cがいずれも分別の利益を有していることも認識しており、ただ保証人が分別の利益を主張した場合に限り、保証債務の額を減ずるとの扱いをしていたというにとどまる。」

   「Yが、分別の利益は保証人の主張を要すると考えて、保証人の弁済が保証債務の履行として有効であると認識していたとしても、これは事実についての誤認ではなく、法律上の誤解であることに加え、分別の利益を有する共同保証人が存在する場合、当該共同保証人は、何らの行為の必要もなく当然に分割された額についてのみ保証債務を負うことは、X1及び亡Cの各支払の当時、通説であってほぼ異論をみないこと、Yは、保証人を付して全国で多数の学生に対して奨学金の貸与等を行っている公的な団体であることからすると、分別の利益について保証人の主張を要するとの認識を有したことについてやむを得ないといえる特段の事情があるとはいえない。」

   「以上のとおり、Yは、不当利得の発生根拠となる事実関係を全て知っており、法律上の根拠も認識していたのであり、分別の利益について保証人の主張を要すると認識したことについてやむを得ないといえる特段の事情があるとはいえないから、X1及び亡Cからそれぞれ本来の保証債務を超えた部分の支払を受けた時点において、不当利得の発生について民法704条の「悪意の受益者」であるというべきである。」

3 分別の利益の法的性質

 そもそも「分別の利益」とは、民法456条により、共同保証において、各共同保証人は、原則として主債務の額を平等の割合で分割した額の保証債務を負担すればよいとするものである。これについて、債権者は、保証の担保的効力を強めることを期待して保証人の数を増やすはずであるのに、この制度の存在により、共同保証人の中に無資力の者がいると,その部分の担保を失い,かえって保証の担保的効力が弱くなるという問題点がかねてから指摘されていた。そのため、2017年民法改正において、各共同保証人は債権者との間に別段の合意がない限り保証連帯の関係になる旨の規定を設けることが検討された[6]。しかし、最終的に保証人保護を後退させる方向で現状を変更するのは相当でないとされ、改正前の条文が維持された[7]。

 このように、「分別の利益」は、2017年民法改正の検討を経て、保証人保護の制度として残されたものであるが、この法的性質について学説では、本件原審・控訴審がとる当然分割説(権利説)に対して、Yが一貫して主張してきた抗弁説(恩恵説)が主張されている。

 抗弁説は、共同保証における分別の利益の問題を主張・立証責任の分配という観点から見て、債権者は、債務額全部の履行を各保証人に請求することができ、履行請求を受けた保証人は、複数の保証人が存在すること、すなわち、分別の利益の抗弁を主張することができるとするものである[8]。

 これに対し、当然分割説は、「分別の利益は、保証人を保護し、法律関係を簡明にするものであるが、当事者の通常の意思及び保証制度の目的に合致しないという指摘」もあり、「この評価の対立はローマ法以来あったが、明治民法456条は、分別の利益を最も強く認める法制度」とし、「保証人が抗弁として分別の利益を対抗できるという制度でもなく、法律上当然に分割される制度」としたもので、「427条を『適用』するというのが、それを表している」とする[9]。

 当然分割説は、民法456条の沿革およびその文理を根拠とするもので[10]、この立場をとる見解が最近は多いようだが、抗弁説もこれを相対立する立場から批判するものではないように思われる。というのは、当然分割説に立つ場合であっても、債権者から保証人に対して保証債務の履行請求が行われた場合には、保証人は他に保証人が存在することを主張・立証して、分別の利益を「抗弁」事由として主張することが許されてよいのは当然と考えられるからである[11]。原審判決が、債権者から保証人に対して保証債務の履行請求が行われた場合には、保証人は他に保証人が存在することを主張・立証して、分別の利益を「抗弁」事由として主張されない限り、全額の支払を命ずる判決がなされることになり、これは、「実体法上の要件の主張責任が各当事者に分配され、各自が立証責任を負う要件事実を主張しなかった結果に過ぎない」と判示するのも、同様の趣旨を述べるものではないかと思われる。

 以上に対して、保証人が分別の利益を知らずに負担部分を超える弁済をし、債権者から過払分を取り戻すために訴えを提起する場合、あらかじめ分別の利益の抗弁を主張していなかった保証人は分別の利益を享受できないと解するか(抗弁説)、あるいは、分別の利益を当然に享受できると解するか(当然分割説)で、共同保証人の負担が異なることになり、このような状況においてはじめて、抗弁説か、当然分割説かが問題になる[12]。

 本件は、まさにこのような状況のもとでの争いであり、原審判決は当然分割説に依拠し、各保証人は、当然に、平等の割合をもって分割された額についてのみ保証債務を負担すると解したものである。そうしないと、抗弁説では、保証人が他の保証人による保証契約の有無を弁済期において認識していることが前提とされることになり、保証人の弁済時にこれを期待するのは、一般的に困難とされている[13]。これが、抗弁説ではなく、当然分割説をとるべき実質的な理由である。

 控訴審では、さらに、Yから抗弁説による追加主張がされており、この理由は、①共同保証人間の求償について規定する民法465条2項の「負担部分」という語も、同442条1項と同様、対内的関係について用いられていると解するべきであること、②共同保証人は、主債務者から、主債務の全額について委託を受けて、債権者との間で保証契約を締結していること、③日本学生支援機構の奨学金業務に関する省令において、単純保証人に対する請求は、延滞金の全部を請求することとされていること等であるが、判決はいずれも採用していない。

①については、判例(最三小判昭和46.3.16民集25巻2号173頁)の「分別の利益は、数人の共同保証人がある場合に、保証人の債権者に対する関係における問題であって、保証人と債務者、ないしは保証人相互の内部関係については、なんらかかわりのない問題である」とする見解を理由にあげる。465条2項は、分別の利益を有する共同保証人間の求償に関する規定であり、対内的関係に関するもので、債権者と共同保証人間の分別の利益にかかる対外的関係の問題とは無関係と考えるべきであろう[14]。

また、②については、学説も、主債務の全額についての保証契約を締結したとしても、これは、「保証人が主債務者に代わって弁済する覚悟を決めた最大限度額」の意味であると解しており[15]、この考え方と同様のものと思われる。

さらに、③に至っては、控訴審判決が述べるように、省令レベルで、民法の基本的なルールの修正がなじむかの問題であり、否定的に解されるべきであろう。

4 負担部分を超える保証債務の弁済

原審判決は、当然分割説を前提に、保証人が、「自己の負担を超える部分を自己の保証債務と誤信して債権者に対して弁済した場合には、この超過部分に対する弁済は、保証債務を負っていないのに、錯誤に基づき自己の保証債務の履行として弁済をしたもの」として、不当利得の成立を認める。控訴審も同様に解した上、弁済を受領した債権者は「悪意の受益者」に該当するとして、民法704条の適用を認めるものである。

これらは、「債務者でない者が他人の債務を自己の債務と誤信して弁済した場合、その弁済は無効であり、債権の消滅の効果は生じないので、弁済者は弁済受領者(債権者・受益者)に対して不当利得返還請求をすることができるのが原則」[16]とする通説の立場に立つもので、これにより、分別の利益により自己の負担を超える部分を自己の保証債務と誤信して弁済した保証人も、不当利得返還請求が認められることになる。

これに対し、学説には、「連帯保証ではない保証人が、分別の利益によって分割された負担部分を超えて任意に弁済することは、非債弁済ではない(従って返還請求できない)」と主張するものがある[17]。これによれば、465条2項により、462条(委託を受けない保証人の求償権)に従って保証人間で求償(事務管理費用の償還請求)されることになり、したがって、債権者に対する不当利得返還請求は認められないことになる。本件訴訟におけるYの主張も、この見解に沿うものと思われる[18]。

この問題に関する本件原審判決以降の学説を見ると、不当利得返還請求権を肯定する立場からの主張が目立つ[19]。その理由付けは、「民法が分別の利益による保証債務の当然分割を予定しており、また、共同保証人が弁済時に他の共同保証人の存在を必ずしも知り得ないことからすれば、超過部分を自己の債務として弁済した共同保証人の債権者に対する不当利得返還請求権の成立を否定すべきでない」[20]としたり、「共同保証の場合には、そもそも他の共同保証人の存否に疎く、本判決のように他の保証人と共同で保証債務を負う旨の認識が乏しい(分別の利益を知らない)と認定しうるような事情があれば、第三者弁済はもとより、他人のための事務という性格が欠けるために事務管理(697 条)が成立しない」[21]とするものである。

いずれも、当然分割説を前提にしながらも、不当利得返還請求の可否について、保証人は共同保証において保証人の頭数で分割された責任しか負わないということを認識していなかったことを根拠とする。保証人にこの認識がなかったので、自己の負担部分を超過する弁済は、保証債務を負わないのに負うと誤信して行ったものであり、これは、保証人が法律上の原因のない給付をしたことになり、そうすると、保証人に不当利得返還請求権が認められるのは当然の帰結と考えられることになる。

ただし、これによれば、保証人の主観的認識のみを根拠として、債権者側に存する諸事情にかかわりなく、保証人による不当利得返還請求権の行使が正当化されることになり、問題の解決として適当なものか、疑問なしとしないように思われる。そうすると、弁済を受領する債権者には、分別の利益に関する説明義務が問われることとし[22]、債権者・保証人間の利害の調整を図ることも考えてもよいように思われる。

なお、負担部分を超える保証債務の弁済を不当利得とした場合、弁済受領者の善意・悪意も問題になる。本件の原審では、弁済受領者の「悪意の受益者」該当性を否定するが、控訴審は、これを肯定する。

控訴審は、その理由として、①不当利得の発生根拠となる事実関係を全て知っており、法律上の根拠も認識していたこと、②分別の利益について保証人の主張を要すると認識したことについてやむを得ないといえる特段の事情があるとはいえないこと等をあげる。

判例は、「悪意の受益者」は、「法律上の原因がないことを知りながら利得した者」(最一小判平成18.12.21判時1961号62頁ほか)と解しており、控訴審の判決は、これに沿うものである。したがって、本件では、民法704条が適用され、受けた利益に利息を付して返還しなければならないことになる。

5.むすびに代えて

 一般に、数人の普通保証人による共同保証が実際にはほとんど見られないことから、分別の利益にもそれほど関心が向けられることはなかった。このような中で、日本学生支援機構という半ば公的機関を当事者とする近時の裁判例は、かなり特異なものといってよいかもしれない。

 問題は、債権者である日本学生支援機構が奨学金返還債務の普通保証人に対して、分別の利益のことを説明しなかったことにあり、それだけならば、説明義務違反を問うことも可能であったように思われる。しかし、本件訴訟は、分別の利益の基本的なところから議論を展開して事案の解決を図ろうとするものであり、その意味では、共同保証、分別の利益をめぐる問題の重要判例である。

 本件原審判決および控訴審判決の意義もこの点にあるわけだが、分別の利益を規定する民法465条が、2017年民法改正における検討を経て、保証人保護の制度のひとつとして位置づけられたこととの関係においても、本判決の結論は評価されてよいのではないかと思われる。

(2022年10月23日)




[1] 2018年11月1日朝日新聞朝刊によれば、記録が残る過去8年間で、延べ825人に総額13億円を全額請求し、9割以上が応じたというが、「この手法は国の機関として妥当ではない」と指摘されている。

[2] 本判決を受け、日本学生支援機構は、上告を行わず、記録が存在する過去5年以内の返還完了事案を含め、保証人から自己の負担部分を超える弁済を受けた返還金についても、個々の保証人に連絡のうえ超過額の返金手続を進めることとしている。また、保証人への請求についても、今後は本判決に照らし、返還未済額の2分の1の額を請求することとしている(2022.6.2日本学生支援機構Web「札幌高等裁判所判決を踏まえた今後の保証人への対応について」による)。

[3] 判例は、「数人の保証人が各自債務者と連帯して債務を負担した場合に於ては保証人相互の間に連帯の特約なきときに於ても債権者に対しては分別の利益を有せずして各自債務の全額を弁済する責に任ずべきものなり」(大判大正8.11.13民録25輯2005頁)として、これを認める。学説も、「保証人が債権者に対して主たる債務者と連帯して全額弁済義務を負うことを約束しているのであるから、分別の利益がないのは当然である」 (潮見佳男『新債権総論Ⅱ』732頁(2017年、信山社))として、判例に同調する。また、商法511条2項が適用される場合も、保証債務についてはすべて連帯保証になる旨が規定されており、ここでの保証人には分別の利益がない。

[4] 潮見佳男「共同保証における分別の利益」金法2111号1頁(2019年)。

[5] ここのところは分かりにくい。分別の利益による保証債務の分割債務原則は、保証人同士の内部関係の規律であり、債権者と保証人の外部関係での適用はないという趣旨と思われる。

[6] 民法(債権法)改正検討委員会「債権法改正の基本方針」において、検討の俎上にあがったのは、「数人に保証人があるとき、各保証人は連帯して保証する」【3.1.7.08】とする規律である (民法(債権法)改正検討委員会『詳解・債権法改正の基本方針Ⅲ-契約および債権一般(2)』442頁(2009年、商事法務))。これに対し、保証人保護のため分別の利益を維持してきた歴史的経緯を無視するものであるとする批判がある(椿久美子「保証制度の改正-分別の利益を中心とした債権者・保証人双方の利益衡量」円谷俊編『社会の変容と民法典』207頁以下(2010年、成文堂))。

[7] 民法(債権関係)の改正に関する中間的な論点整理の補足説明(2011年5月)のほか、民法(債権関係)部会資料8-2(2010年3月23日)、同36(2012年4月3日)参照。

[8] 潮見・前掲3)732頁。同旨のものに、奥田昌道・佐々木茂美『新版債権総論中巻』743頁(2021年、判例タイムズ社)がある。

[9] 中田裕康『債権総論第4版』600頁(2020年、岩波書店)。同旨のものに、米倉明「法科大学院雑記帳[その161]誠実さがたりない法実務はしない-法科大学院教育に臨む」戸籍時報771号71頁(2019年)、山野目章夫「保証人に対する権利行使とその訴訟構造」岡本裕樹ほか編『民法学の継承と展開 中田裕康先生古稀記念』353頁(2021年、有斐閣)、齊藤由紀「分別の利益に関する一考察」阪大法学69巻3-4号295頁以下(2019年)。なお、尾島茂樹「分別の利益・再考」金沢法学42巻2号149頁(2000年)、西村信雄編『注釈民法(11)』260頁[中川淳](1965年、有斐閣)も参照。

[10] 米倉・前掲9)69頁は、これについて、「456条で427条を『準用』としないで『適用』とすると規定したのは、当然分割主義を無修正に456条の場合にあてはめるのだという立法者の断固としておしだされていることをうかがわせる」と述べる。

[11] 齊藤・前掲9)297頁、大澤慎太郎「原審判批」新・判例解説Watch◆民法(財産法)№228・4頁(2022年)。この点に関し、米倉・前掲9)71頁は、「この限りでは、機構がいずれの説をとっていようと、まず保証人から分別の利益の主張があってはじめて、分別の利益にそった対応をする(してきた)というのは了解できる対応だと、一応はいえる」と述べる。

[12] 米倉・前掲9)71頁以下。

[13] 山野目・前掲9)354頁、茂木明奈「原審判批」法セミ802号125頁(2021年)。

[14] 尾島・前掲9)141頁。

[15] 齊藤・前掲9)296頁。

[16] 谷口知平・甲斐道太郎編『新版注釈民法(18)』633頁[松本博之](1991年、有斐閣)ほか。

[17] 内田貴『民法Ⅲ債権総論・担保物権』447頁(2020年、東大出版会)。

[18] Yは、求償権の法的性質は事務管理に基づく費用償還請求権と解し、分別の利益を有する保証人が、その負担部分を超えてした弁済について、事務管理が成立するとし、当該弁済は有効とし、債権者に対する不当利得返還請求は認められないとする。

[19] 山野目・前掲9)361頁ほか。

[20] 齊藤・前掲9)300頁。

[21] 大澤・前掲10)3頁。

[22] 本件訴訟でも問題になったが、原審および控訴審では、債権者に法的責任を課すところまで判示していない。ただし、金融機関実務では、金融庁監督指針において、保証人に対する分別の利益の説明が義務づけられている。