[転付命令の]被転付債権の電子記録債権による支払いとその効力
最三小決令和5.3.29裁判所Web
1 裁判の経緯
令和3年11月15日、XにYへの金員の支払を命ずる仮執行宣言付判決を債務名義として、XのAに対する売掛債権について差押・転付命令①が発令され、同月18日にA、同月25日にXに送達された。
ところが、Aは、差押命令の送達を受けるより前に、Xとの間で、①にかかる売掛債権のうち合計1,463万円余の債権(以下、「本件被転付債権」)について、その支払のために電子記録債権を発生させており、差押命令の送達後に、Xに対してこの支払がされた。
そのため、支払を受けることができなかったYは、令和4年1月22日、前記仮執行宣言付判決を債務名義として、Xが有する売掛債権について差押命令の申立てをし、執行裁判所(原々審)は、同月31日、これに基づく差押命令②を発した。②の差押命令の執行債権には、先の①の転付命令の執行債権が含まれていたが、本件被転付債権の額は控除されなかった。
②の差押命令に対し、Xは、本件被転付債権は、Aに転付命令①が送達された時点で存在していたから、転付命令①の執行債権は、その券面額で弁済されたものとみなされ(民事執行法160条)、その大部分が消滅しており、②の差押命令は、同法146条2項が禁止する超過差押えに当たるとして、その取消しを求める執行抗告をした。
これに対して裁判所(原決定)は、Aは、本件被転付債権についての差押命令の送達を受ける前に、Xとの間で、その支払のために電子記録債権を発生させたものであり、転付命令①の送達を受けた後にその支払がされたとしても、これにより本件被転付債権が消滅したことを差押債権者であるYに対抗することができる以上、転付命令①の執行債権は、弁済されたものとみなされないと判断し、②の差押命令は超過差押えに当たらないとして、Xの執行抗告を棄却した。
これに対してXは最高裁に許可抗告を申し立てたところ、次の理由で、原決定は破棄され、本件は原審に差し戻された。
2 決定理由(最高裁)
(1) 第三債務者が差押命令の送達を受ける前に債務者との間で差押えに係る金銭債権の支払のために電子記録債権を発生させた場合には、上記送達後にその電子記録債権が支払われたとしても、上記差押えに係る金銭債権は消滅し、第三債務者はその消滅を差押債権者に対抗することができる(最一小判昭和49.10.24民集28巻7号1504頁参照)。
(2) もっとも、転付命令が効力を生じた場合、執行債権及び執行費用は、転付命令に係る金銭債権が存する限り、差押債権者がその現実の満足を受けられなくても、その券面額で転付命令が第三債務者に送達された時に弁済されたものとみなされる(民事執行法160条)。上記差押えに係る金銭債権について転付命令が発せられ、これが第三債務者に送達された後に、第三債務者が上記電子記録債権の支払をした場合には、上記転付命令に係る金銭債権は上記の弁済の効果が生ずる時点で存在していたのであるから、上記の弁済の効果が妨げられる理由はないというべきである(その場合、差押債権者は、債務者に対し、債務者が支払を受けた上記電子記録債権の額についての不当利得返還請求等をすることができることは別論である。)。
(3) したがって、第三債務者が差押命令の送達を受ける前に債務者との間で差押えに係る金銭債権の支払のために電子記録債権を発生させた場合において、上記差押えに係る金銭債権について発せられた転付命令が第三債務者に送達された後に上記電子記録債権の支払がされたときは、上記支払によって民事執行法160条による上記転付命令の執行債権及び執行費用の弁済の効果が妨げられることはないというべきである。
3.本決定のチェックポイント
(1) 転付命令の確定と執行債権の消滅
転付命令は、執行債権の支払に代えて、券面額で差し押さえられた金銭債権を差押債権者に転付する命令であり(民事執行法159条1項)、転付命令が確定すると、差押債権者の執行債権は、転付命令に係る金銭債権(被転付債権)が存する限り、その券面額で、転付命令が第三債務者に送達された時に弁済されたものとみなされる(同法160条)。そのため、転付命令では、差押債権者は、他の債権者の配当要求を受けることなく、その債権から独占的な満足を得ることができるので、本件事例のYも、これによったものと思われる。
本件では、転付命令①が確定し、Yの執行債権はその券面額で弁済されたものとみなされたので、Yの執行債権の大部分が消滅していることになり、その結果、転付命令①と同一の債務名義に基づき発令された差押命令②によって差し押さえられた債権の価額が、差押債権者の債権および執行費用の合算額を超えるので、同法146条2項が禁止する超過差押えに当たるとして、Xがその取消しを求めたものである。
これに対し、Yは、被転付債権がその効力が生じる前に電子記録債権によって支払われたため、執行債権の満足を受けられない結果になったので、原決定のように、「差押えに係る金銭債権がその支払のために発生した電子記録債権の支払により消滅し、第三債務者がこれを差押債権者に対抗することができるときは、上記差押えに係る金銭債権について発せられた転付命令により執行債権及び執行費用が弁済されたものとみなされることはない」と考えたものであろう。
そうすると、転付命令①によって、Yの執行債権が消滅しておれば、X主張のように、差押命令②は許されないこととなるが、これを認めるに当たって、転付命令①の効力が生じる前に、転付命令①の被転付債権の支払いが行われ、これをYに対抗できる状態であったかどうかが問題になる。
(2) 被差押債権(被転付債権を含む)の弁済とその効果
転付命令の被転付債権の弁済があり、これをYに対抗することができるかどうかは、従来、「差押えを受けた債権の第三債務者が自己の債権者に弁済をしたときは、差押債権者は、その受けた損害の限度において更に弁済をすべき旨を第三債務者に請求することができる」(民法481条1項)こととの関係で、問題になっていた。
判例は、第三債務者が債権仮差押命令の送達を受ける前に債務者に対し債務支払のために小切手を振り出していた場合には、右送達後にその小切手が支払われたとしても、第三債務者は右債務の消滅を仮差押債権者に対抗することができるとする(最一小判昭和49.10.24民集28巻7号1504頁)。
これに対し、債権者甲が債務者乙の第三債務者丙に対する金銭債権の仮差押えをした場合において、丙が、仮差押命令の送達を受けた時点で、既に当該仮差押えの対象となった債権の弁済のために取引銀行に対し他の金融機関の乙名義の預金口座に先日付振込みの依頼をしていたとしても、その振込入金が未了であったときは、丙は、人的または時間的余裕がなく、振込依頼を撤回することが著しく困難であるなどの特段の事情がない限り、上記送達後にされた振込みによる弁済を甲に対抗することはできないとして、相反する結論を示すものがある(最一小判平成18.7.20民集60巻6号2475頁)。
とくに後者について、第三債務者丙に、組戻依頼等を行うべき義務付けをするのは妥当ではないという批判もあるところではあるが、前者が小切手の振出、後者が振込の依頼と異なる事案に係るものであり、それぞれの判断がされたものと思われる。
いずれにしても、本件事案の第三債務者Aが、自己の債権者Xにした弁済を差押債権者Yに対抗できれば、民法481条1項は適用されず、併せて、被転付債権の弁済も有効とされるので、本件事案の可否判断は民法481条1項の適用の判断と同一のものと考えてよいだろう。このような考え方のもと、本件最高裁決定は、最一小判昭和49.10.24を参照して、被転付債権の弁済を小切手の振出の場合と同様の判断をしたものであり、これが適切かについて、(3)で検討する。
(3) 電子記録債権の発生による弁済の場合
電子記録債権の発生による被転付債権の弁済について、最一小判昭和49.10.24を参照して、電子記録債権の発生を小切手の振出と同一視した判断は、電子記録債権の取扱いに照らして、それでよいのかという問題である。
本件は、①Aは、Xとの間で、売掛債権のうち合計1,463万円余の債権について、その支払のために電子記録債権を発生させ、②Yの申立てによる本件売掛債権の差押・転付命令がA・Xに送達され、③その後、AからXに、電子記録債権の支払いがされたものであり、このような経過のもとで、「差押えを受けた債権の第三債務者が自己の債権者に弁済をしたとき」(民法481条1項)というべきかどうかである。これについては、電子記録債権の発生について、(2)の2つの判例のいずれによるのが適当かを明らかにする必要がある。
電子記録債権は、電子記録債権法により、電子債権記録機関が作成する記録原簿に電子記録することによって発生・譲渡が行われる金銭債権である(同法2条1項)。金融機関の多くが参加する電子債権記録機関「でんさいネット」では、原因関係上の債務者が、自己の取引金融機関を窓口金融機関として電子記録債権の発生記録を請求する。発生記録には、債務者が一定の金額を支払う旨、支払期日、債権者の氏名または名称および住所その他所定事項が記録される(同法16条1項)。支払期日における支払いは、「口座間決済に関する契約」に基づき、あらかじめ電子債権記録機関が当該銀行等に対し債権記録に記録されている支払期日、支払うべき金額、債務者口座および債権者口座に係る情報を提供し、債務者の取引金融機関が債務者口座から債権者の取引金融機関の債権者口座に対する振込の方法によって行う(同法62条2項、でんさいネット業務規程40条)。
なお、「支払不能情報」は、電子債権記録機関から参加金融機関に通知され、6か月以内に2回目の支払不能が発生したときは、当該債務者に対し、取引停止処分を科されることは、手形・小切手と同様である。
電子記録債権の発生から支払いに至るまで、支払資金が存する限り、第三債務者の関与が予定されていないので、差押命令が発生後に到達したとしても、これに応じて第三債務者が支払を止めるのは実質的に不可能である。したがって、本件最高裁決定が、最一小判昭和49.10.24を参照して、電子記録債権の発生を小切手の振出と同一視した判断をしたのは適切ではなかろうか。