障害児の着るもの無い問題

 (この記事は娘が亡くなる前に下書きしていたものに加筆しています。)

 諸事情により娘は病院に入っていたため、数ヶ月の間、大好きな西松屋に行けていなかった。毎日のように、通り道にいるマスコットキャラクター「ミミちゃん」の笑顔を横目に見ながら、私は西松屋に通った日々のことを切なく思い出したりしていたわけだが、この度娘が私服の必要なところに移動した。娘は新たに気管切開と胃ろうを装備したため、「前開き」という指定。これまで買い揃えた沢山の服は、ほとんど着られなくなってしまった。「来年着せよう」と楽しみに買っておいた、ブルーの花柄ワンピースもダメだ。これは本当にお気に入りだから、どこかで前開きに加工してもらおうかな。(後から確認してみたところ、前開きだったことが判明。娘の棺に一緒に入れた。向こうで着てくれているかな。)

 それで、仕事の帰りに西松屋へ寄ってみたわけ。久しぶりの西松屋。そうそう、この感じ。私は意気揚々と子ども服コーナーの、娘のサイズを次々にめくっていった。可愛い、娘に着せたい服がたくさんある。以前なら気に入った服を片っ端から「大人買い」していたのだけれど、娘は手術を受け、前開きのものしか着られない。前開き、前開き…。しばらく探してみたものの、前開きのものが、全然見当たらない。

 娘のサイズは90センチ。3歳にしてはかなり小さいが、赤ちゃんの服はもう入らない。そして、世の中の健常な子ども達は、90センチを着る頃になると、どうやらもう歩けるようになっているみたい。そうすると、着せる工数が少ない「かぶりもの」が、断然便利らしい。そりゃそうだ。ネット情報によると、90センチは1〜2歳用だそう。母子手帳の成長曲線から大きく外れ出してから、しばらく考えたこともなかった娘の身長。かなり小さいわね。それにしても1歳の子どもが歩けるなんて!すごいね!天才!障害児母の感覚はちょっとバグっている。

 結局その日は初めて、西松屋で何も買わずに出てきた。なんという虚しさだろう。そうか、これから娘が着るものは、もうそこら辺には売っていないのか。新たなバリアに直面して、思ったより心がダメージを受けてしまった。

 数日後、仕事帰りに別のお店へ。かろうじて、一枚でも着られそうなカーディガンを見つけて購入。娘の身体は拘縮が強く関節が曲がらないため、ブラウスのような伸びない生地のものは、着替えが難しい。今度はショッピングモールの別の店へ。カラフルで可愛いたくさんの子ども服。あれもこれも着せたいのに、もう着せることができない。前開きのロンパースがほんの少しと、伸びない生地の前開きの肌着が2枚あった。何百もの美しい子ども服の中で、娘が着られそうなものはこれだけだ。

 娘のための服探しがあまりにも難しくて、私はいい年をして泣きそうになりながら、美しい子ども服に囲まれた売り場の真ん中で、ひとり立ちすくんでしまった。私の娘は障害者で、障害者はつまり社会のマイノリティであり、企業はその存在に気づいていないか、もしくは採算が合わないために存在をスルーしているか。とにかく現状では娘の着られる服は、ここにはほとんどない。こんなにたくさんの可愛らしい服があるというのに。

 あまりにもショックを受けてしまって、帰宅してからTwitterで呟いたら、思いがけずバズってしまった。びっくりしちゃった。こんなおばちゃんの呟きに、あんなにたくさん反応が来るなんて。ほとんどのリプライは共感的で、励まされるものが多かったのだけど、中には「安いのが売りの西松屋がマイノリティのための服を作っていたら、採算が取れない。わがままを言うな。障害者用のところでおとなしく買え。」というようなものもけっこうあって、そしてそれらは内容もさることながら、口調もとても失礼で、それでなくても色々なことが重なって疲れ果てていた私の心と体に、言葉の刃となってグサグサと容赦なく突き刺さった。

 私が一番衝撃を受けたのは、「そんなに必要なら、自分で作ったらどうですか。服を作る人の大変さも、わかるのではないですか。」という何とも上から目線のご意見。「服を自分で作る。」そんなこと、思いつきもしなかった。だいたい、その人は服を作ったことがあるんだろうか。服を作ることの大変さを、知っているんだろうか。口調からして高校生か、せいぜい大学生くらい、下手したら中学生かも知れないくらいのおそらく若い人だと思うけれど、私が服を作ったことがないと思っているらしかった。

 私は服を作ったことがある。中学校と高校の家庭科の授業で。その上で、私は服を作ることが得意ではないし、好きでもない、ということを知っていて、そのための道具も持っていない。服を作ろうとも、作れるとも思わないし、なにしろ服を作るために布を買い、ボタンを買い、糸を買い、ミシンを買い、作り方の本を買い、娘を採寸し、本を読みながら布に印を付け、布を断ち、試行錯誤しながら縫い合わせてひとつの服を縫う、だけならまだしも、施設から言われた必要数は上下全て15ずつ程度。洗濯物は業者に出すため、丈夫でなくてはならず、しかもこれだけの数を、すぐに必要なのだ。できるわけがない。考えるまでもなく。私にはそのための道具とスキルと時間と体力の全てがない。

 健常児の親は「自分で服を作れば良い」などとは言われない。作りたい人は作るし、そうでなければ買えば良い。選択肢があるから。障害児のお母さんの多くが、子どもの服を自分で縫ったり、前開きに加工していることを私は知っている。そのためのお直し屋さんがあることも知った。ネットで検索すれば、障害児の親御さんが立ち上げたりした、障害児のためのお洋服屋さんも増えてきた。すごく工夫がされていて、デザインも素敵。ユニクロは最近、前開きロンパース下着の大きいサイズを作ってくれたんだって。

 それでも。私はやっぱり娘の服を、近くのお店ですぐに買うという選択肢があったら良かったな、と思う。そうこうしているうちに、Twitterがバズった数週間後には、娘は突然天国に帰ってしまって、娘が最後に着ていたのは、白地に水玉模様の半袖肌着と、黄色のハーフパンツだ。それより少し前の入院先では、来る日も来る日も、真っ白い肌着と病衣のズボンを着ていた。だから最後の頃の娘の写真は、なんだかとても切ない感じになってしまった。家にいた時、この子は私のプリンセスだったのに。いつかまた、可愛い服を着せたいという願いは、もう一生叶うことはなくなってしまった。あと少しのところで、間に合わなかった。

 お揃いの病衣を着た沢山の「寝たきり」の医療的ケア児のお友達を、私はこの目で見たよ。娘が通った療育園にも、デイサービスにも、最後にお世話になった施設にも、気管切開、人工呼吸器、胃ろうその他の医療的ケアを受けているたくさんの人達がいた。「需要がない」と言い切ったあの人たちにも見せたかったよ。あの子たちは存在している。娘がいなくなった今もたくさんいる。これからも生まれて、生きるだろう。あなたたちからは見えなくても。

 「自分で作れば良い」と言うけれど、私たちには時間がない。障害児親は、日々の医療的ケアや、療育や通院、入院も日常的に起こる上、普通の生活に必要な家事ももちろんあり、とても疲れている。モニターを着けて眠る子どもの横で、SpO2が低くなればピーピー鳴るモニター音に何度も起こされ、その度に原因を探り、痰を吸引し、オムツを替え、あやし、再び子どもを寝せて、自分もまた寝るという細切れ睡眠である。娘といる時は、まとまって眠れる時間は良くて3時間程度。トータル5時間ほどの睡眠時間で、なんとか娘を生かしていた。そしてそれほど手をかけてケアしても、子ども達は歩けるようになったり、オムツが外れたりすることはなく、寝たきりのまま大きくなる。(そしてその負担は、ケア者の腕に、腰に、容赦なく襲いかかる。)それでも、子ども達が大きくなれたら、それはとてもラッキーなことで、彼らは普通よりも容易く、ふとしたことでお空へ帰ってしまったりする。私の娘がそうであったように。

 私は家で、重い障害のある私の娘を、世界で一番大切な宝物として育ててきた。娘が生まれてからは、デパートにゆっくり買い物に行けたことはないし、高価なブランドものは何ひとつなかったかもしれないけれど、手の届く範囲の子どもらしいカラフルな服を、汗をかく度に着替えさせることができた。大変な日々の中でも、娘のかわいらしさや、子ども服のもつ明るい雰囲気に、何度も何度も癒されたよ。ずらっと干した小さい洗濯物が、毎日とても愛しかった。可愛い服を着た娘を誇らしく思ったし、人見知りの私でも、お友達が素敵な服を着ていたら、そこから会話が弾むこともあった。着るものって大事なんですよ。衣食住の衣、だもの。

 だから、「障害者用に特化した」ものでなくて良いから、近くのお店で、娘のような子ども達や、大人になっていくその人たちも着られるものが少しは選べたら良いのにな、と思う。かのTwitterのリプには、「子どもが骨折した時、前開きの服を探したけれど見つからなかった」というコメントもいくつかあった。こだわりが強くて、かぶり物が苦手だけれど、前開きなら着られる子だっていると思う。障害児ときょうだいが、お揃いの生地でできた形違いの服を着ていたら、楽しいと思わない?子ども服にはパワーがある、と私は思っている。どうかな。

 企業には、企業倫理とか社会的責任というものがあって、利益の追求のみならず、社会に対して貢献することも、存在意義の一つであると理解している。先のTwitterのリプで「西松屋は安いお店なんだから、そんな会社に多くを求めるな」的な発言をした複数の方たちは、企業というものを誤解している、とも思う。例えば西松屋のホームページを見てみてくださいな。代表取締役社長のメッセージ、読んでみてくださいよ。西松屋は子どもをもつ全ての家族の味方ですよ。だから私は西松屋がとても好きだし、娘の着られる服を西松屋さんにも作ってもらいたかったと、思っているのですよ。

 娘はもうこの世にいないけれど、西松屋を初めとする色んな子ども用品のお店に、前開きの服の選択肢が少しあったら、とっても助かる人がいると思う。全てをそこで揃えられなくても良い。他の服と比べて材料と手間がかかる分、割高でも構わない。ただ、「ここにも少し着られるものがある」という事実だけで、私たち障害児に関わるものは、子どもの存在を受け入れられている、という安心感を持つことができる。子ども服売り場に「前開きコーナー」がちょっとだけできたら、私は嬉しくてきっと泣いちゃうし、自分の子どもはもういないけれど、職場の子どもがいる若い人たちに、嬉々としてそのお店をオススメするおばちゃんとして、売り上げに貢献しますよ。私は知り合いがものすごく多くて、これからもきっと増え続けていくので。

 娘が亡くなったあと少したってから、「西松屋に前開きロンパースの90cmがあった」という噂をTwitterで目にした。私が最後に行った時には、80cmまでしか見当たらなかったと記憶しているから、もしかしたら、私の思いが届いたのかも知れない。あるいは他の人の思いでも、たまたまでも良い。それは娘を失った私にとっても、本当に嬉しいニュースだった。

 ここであらためて、娘のために欲しかった服を呟いておこうと思う。娘のような子どもをもつ別の家族にも、役に立つかも知れないから。前開き。気管切開のカニューレがあるので、首元は広めに開いているか、Vネック。スナップボタン。Tシャツやカットソーのような薄手の伸びる生地。半袖と七分袖。外から大人の手で、子どもの手を迎えに行きやすい袖口の広さ。病院や施設は温度管理されているので、1枚で着られる、汗を吸いやすいもの。胃ろうのカニューレに干渉しない、ゆとりのある身ごろ。娘には上下別々のものが欲しかったけれど、ロンパースタイプの方が都合が良い子もいるのかもしれない。手が動く子はオムツをいじってしまったりもするからね。それから、障害児の中には両脚がぱっかーん、と大きく開いてしまいがちな子が多いので、180度脚が開いても楽なズボンも、あったら良いな。子ども達は少しずつ少しずつ大きくなって、中にはちゃんと大人になれる子もいる。だからサイズも途切れなく、大人用サイズまでずっと必要なんです。90センチまでで、終わりではなく。寝返りも、ハイハイも、立って歩くこともせずに大人になる子どもたちが、世の中にはいます。思った以上に、たくさん。

 ツイートがバズったことで、色々な障害児のための服を扱うネットショップを紹介していただいた。中には「私が作りましょうか?」と、どんな服が欲しいかを聞き取って、素敵なデザインを起こしてくださった作家さんまでいた。(nunotani. さん、https://lit.link/nunotaniその節はありがとうございました!)それらのお店のひとつひとつが、子ども達への愛をもって、丁寧に服を作っていることが伝わってくる。「着るもの無い問題」とタイトルに書いたけれど、全く無い訳ではないの。健常児の服と同じところに、売られていないというだけで。

 保育園や学校と同じように、やはり障害のある子ども達のものは、健常児と同じところにはない。同じ地域の子どもに変わりはないのに、こうやって人知れず分断されていて、まるでパラレルワールドにいるみたいな気にさえなる。一緒にいさせてよ、私たちの子どもも。私の娘は、唯一無二の、私の最高傑作だった。せっかく生まれて生きている、たくさんの体の不自由な子ども達が、もう少しだけ手軽におしゃれを楽しめる日が来ますように。可愛い服で思わず周りの人たちの笑顔がこぼれて、子ども達がいつも笑顔に囲まれて過ごすことができますように。願いを込めて、書いてみた。(現実は難しいのかも知れないけどね。願うだけ、願ってみる。私にはもう娘がいないから、失うものは何もないので。)

 色々な方に紹介していただいた、障害児の服を作ったり、お直ししたりしてくれるネットショップのリンクを、以下に貼ってみますね。体の不自由な子ども達に合わせた仕様で、生地も縫製もしっかりしているお店ばかり。量産が難しいし、たくさんの工夫があるため、お値段は少し張るけれど、娘がもう少し大きくなったら、着せてお出かけしてみたいな、と夢見ていたお店ばかりです。

〈前開きキッズ〉さんhttps://auctions.yahoo.co.jp/seller/maeakikids

〈mae-a-key〉さんhttps://www.instagram.com/kaori_maeakey/

〈岩多屋〉さんhttps://iwataya.stores.jp/

〈折鶴堂〉さん
*折鶴堂さんのnoteには、とても詳しいバリアフリー服のまとめがあります。https://note.com/care_orizurudo55

〈アルトタスカル〉さんhttps://altotascal.com/

〈ひよこ屋〉さんhttps://www.hiyokoya.com/

〈モノモニオンライン〉さんhttps://www.monomoni.jp/smp/list.php?type=class&scat=1092836

〈キヤスク〉さんhttps://kiyasuku.com/

〈チャーミングケアモール〉さんhttps://charmingcaremall.com/

*以上の皆さんにはあらかじめ掲載の許可をいただいております。ご協力ありがとうございます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?