地獄でもう一度逢いましょうのワンフレーズを、ぽわさんのお母さんのアカウントがつぶやいてらっしゃるのを見たとき、心臓が止まるかと思った。

あの曲名を、歌詞を検索した私は、まさにそれを連想していたからだ。同じような発想に至っている人はいないかと、私だけではないはずだと、探していたからだ。


東京マヌカンが投稿された後、少しの間をあけて「追悼なのではないか」というコメントが散見された時期があった。けれど、上記でも挙げた“地獄でもう一度逢いましょう”を聞いたら、そんなことは言えなくなると思う。強烈さの度合いがあまりに違う。

はじめにAntennaというアルバムを聴いたときは歌詞が入ってこなかったのもあり、それほどの衝撃はなかった。それでも何かあるはずだと、ざわつく心のままただ聞き続けていた。そうして週末、実家に帰るための電車に乗っていたときだ、突然するりと私の中に入ってきた。そのときの衝撃たるや。

「あぁこれは、もしかして、いや、そうじゃないだろうけど、思い出さずにはいられない、」

心ない言葉たちに慣れた顔をして
強がりながら捨てた 子供特有の青写真
へたくそなギターを弾いて 憧れの物真似
不器用な君のひとつ ひとつ そこに残っている


ボックス席の窓際で、溢れそうになった涙を必死にこらえて、こらえきれないから下を向いて音もなく泣いた。人がたくさんいたから、泣いていることを気づかれないように、必死に隠しながらボロボロ泣いた。

アルバム単位で聴いていたから、そのまま次の曲へ進んだのだけれど、それが、Antennaというアルバムの表題曲であり、最後の曲だ。「アンテナ」
特に個人的な感想としては、“私のみくさん”を捩じ切って弾け飛ばし、粉々にした曲。

従前の重く湿り気のある曲とは打って変わって、軽快な電子音が瞬くようにころころと鳴る。いつもの「ピノキオピーの初音ミク」の伸びやかな声、音の線が編み込まれて絡まるように入ってくる。そして本人の歌唱が混ざり、ラップ調の歌が始まる。

歌詞の内容はとても日常的で、誰しも“ここは同じ経験をしたことがある”と言える部分があるような。とにかく近いのだ。人間的で、生きていた。
何の気なしで、当たり前のことすぎるからそっけない。そんな感じ。

ぽわさんのアルバムに「生きる」というタイトルのものがある。私はAntennaというアルバムを、ピノキオピーが同じテーマで作ったらこうなるのだろうな、と捉えている。
これは「生きる」だ。生きていないと、生き続けた人間じゃないと書けない曲しかない。

そうアンテナをはって 遊んで 学んで わずかな喜び見つけて
つらかったことも いつか笑って 数年後に思い出して

つらかったことを、数年後に笑って、思い出せた人しか書けないのだ。この歌詞は。

悲しくて泣きながら歩く経験など初めてだった。涙がこぼれないように上を向くなんて、上を向いて歩こうの歌詞は本当だったんだなと思って少し笑った。


ぽわぽわさんが書くこういう歌詞の曲が聴きたかった。

“続く”のラストでもなく、未来に進むためのさよーならでもなく、もう少し未来の曲が聴きたかった。欲を出すなら、もっとずっと先の未来まで聴いていたかった。
こんな形で。ライブ前に流れる曲だとか、背景だとかで見たくなかった。カラオケでたくさん曲が配信されてほしくなかった。

そうしていろいろ考えて、その後投稿された「きみも悪い人でよかった」という曲がとてもやさしく、従前のような連想からの鬱屈を「そんなんじゃないよ」と否定されたようで、少し救われたのだけど。

人が死ぬのは仕方ないことだから、生きている人間は未来に向かって靴底をすり減らすしかない。
その足を止めてはいけない。
そんなことを考えて、わかっているつもりでまだちょっと引きずっています。