Story 1-4
パチリと目が覚めたのは、太陽が顔を出すにはあと少しの、そんな時間で。
窓から見える空が青紫色の、幻想的な色をしているのを見ると上体を起こし背伸びをした。
「ねむたい…」
早く起きすぎた。そんなことは起きた時にはとうに気がついていたことで、こぼれでる欠伸を噛み殺しベッドから飛び降りた。
ボテッと、なにか柔らかいものが床に叩きつけられた音に振り返ると、いつもわたしが寝たあとにカイルさんが布団に潜り込ませてくれているうさぎのぬいぐるみが床に落ちていて。
「んー、もってこ…」
自分の背たけより少し小さいぬいぐるみを、ずるずると引きずるように持ちながらリビングへと向かった。
リビングの明かりがついているのに気がついた時には、おいしそうなコーヒーの匂いが香ってきて。 この家でただひとり、コーヒーを飲む存在であるカイルさんはもう起きているんだと理解した。
「かいるさん…」
「あれ、もう起きたの? 匂いで起こしちゃったかな」
こっちおいで、と手招きするカイルさんが腰掛けているソファに、ぬいぐるみを抱えたまま座る。
普段はシドルさんとカイルさんと3人で座っているから、わたしとカイルさんの二人で座っても余裕はあって。 なんなら、わたしが寝っ転がっても大丈夫なくらいだ。
「こっちでもう一回寝る? 小さい毛布持ってくるけど」
「ねむいけどおきてたい」
まだ上手く回っていない頭で、なんとかわたしの気持ちを伝えると、そっか、と呟いたカイルさんは思い出したような顔をして。
「じゃああのお話しようか、ラルムが好きなお話だよ」
「すきなおはなし?」
「そう、『トネロアの英雄』、のお話」
「ほんと?」
『トネロアの英雄』、にわかりやすく反応したわたしに、カイルさんは楽しそうに笑いながら話し始めてくれた。
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「ここはトネロア、ハイゼンベルク地方にある、辺りを山や川に囲まれた小国です。
トネロアは、他の国との争いもなく、むしろ他の国から人が学びに来たり、移住しに来るほど平和で、静かな国でした。あるものが、出てくるまでは。
トネロアの東の森で魔物が発見されたのです、魔物は黒く、それでいて玉虫色にテラつき、様々な形をしていました。スライムのような無形のもの、人のような形のものもいればオオカミのような形をしたものも。
魔物は、触れたものの腐敗化を進める。そんな力を持っていました。魔物を剣で切り裂こうものなら、剣は朽ち果て。壁を作り進行を防ごうものなら、壁は腐敗し壊され。今まで出会ったことのない敵に、国の兵士達は戸惑っていました。
魔物達の進む先には、トネロアの象徴であり王様の住む王宮ジルコニットが、そう気がついた時には魔物は王宮の目と鼻の先で。
誰もがこのトネロアを捨て、他国へ逃げようと思った瞬間、魔物達が今までいた場所を砂煙が隠すように包んだのです。
反射的に目をぎゅっと固く閉じたその後、再度その場を見ると、そこには存在していたはずの魔物の姿はなく、代わりに1人の兵士の姿がありました。
その後も兵士の元へ迫り来る魔物達、あと数メートルという距離に迫ってきても、その兵士は、その場所から一歩も動かずただ立っていたのです。
あと3メートル、2メートル、1メートル…あの兵士も死ぬ、そう人々が思った時、その兵士が左手を魔物達の方へと向けたかと思うと、次の瞬間。
魔物達が細切れに分裂した、かと思えばその分裂したモノは一瞬のうちに消えてなくなったのです。
また、魔物達が迫り来ると、兵士は同じように細切れに、そしてその分裂したモノは消滅する。
その光景を何度見ただろう、"もう見慣れた"と言い表してもいい頃に、魔物達の進行は止まり、トネロアには平和が戻ってきました。
魔物達を退けた兵士は多くの人々に感謝、称賛されトネロアの英雄、そう呼ばれるようになったのです。
誰もその英雄が、魔物達を退けるために、能力を過剰に使用した事で、左半身が麻痺してしまったことに気がつかずに。
その後トネロアの英雄は国軍を抜け、今は隣国に出かけたりしては、たまに酒場に顔を出して、人々との交流をしているんだそうです。」
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